『もしも僕に十字架が』
僕は神父様を殺してなんかいない!! どうして信じてくれないんだ! どうして…!! 「……ぅ…」 浮上した意識と共に薄らと重い瞼を開くと、差し込んで来た眩い光に再び眼を閉じる。 「……ここは…?」 だるさを訴える腕を動かし、手で光を遮りながらジョーは辺りを見回す。 灰色の壁に囲まれた、狭いとも広いとも言い難い部屋のベッドにジョーは寝かされていた。 ベッド、とは言ってもまるで診察台の様な台にシーツを敷いただけの物だったが、直接床に転がされているよりはマシだろう。 ぎしぎしと軋む体を起こし、どうしてこんな所に、と何度も見回す。 窓一つ無く、換気口があるだけの部屋だ。 そうだ、教会が燃えて、神父様が殺されていたんだ。 そして自分は捕まり、護送中に護送車が事故に遭った。 逃げ出したがやがて追い詰められ、そのまま海へと飛び込んだ。 そこで、記憶は途絶えている。 「何故…」 すると、正面の扉がシュン、と音を立てて開いた。 「お目覚めかね」 「だ、誰だ!」 入って来たのは、髑髏の覆面を被り、漆黒のマントを羽織った男だった。 「私はスカール。ここの最高司令官だ」 「スカール…?最高、司令官…?」 知らない名と、身近でない単語にジョーは訝しげな視線で男を見上げる。 「ここは、どこなんだ…?」 不安げに問う少年に、男は覆面の下で微かに笑ったようだった。 「ここはBGの第二基地だ」 「ブラック…ゴースト…?基地…?」 更に縁遠い言葉にジョーは表情を険しくする。 「それで、どうして僕がここに…」 「実験サンプルになってもらう為だ」 「なっ…!ふざけるな!僕はモルモットじゃない!!」 少年の憤った声も男は何でもない様に受け流した。 「同じようなものさ。あのまま放っておけばお前は死んでいた。それを拾って来たのは私だ。どうしようと私の勝手だろう」 「そんなバカな事が…!」 「何にせよ、お前には最早ここ以外に居場所はない。逃げたとて、お前を待っているのは警察の拷問じみた取り調べと鑑別所だけだ」 「!」 突き付けられた現実に、ジョーは言葉を失った。 そうだ。 確かに神父様を殺したのは自分ではない。 それは真実だ。 だが、警察にとっては「殺害された神父の傍らに居た」それだけが現実なのだ。 真実と現実は、必ずしも同じとは限らない。 そして逃げ出した事により、彼等は一層「少年が神父の殺害犯」の考えを強めているだろう。 どちらに転んでも、苦しみの日々に変わりは無い。 「そんな…」 それならば、いっその事死にたかった。 男は頭を抱える少年の顎を掴み、ぐいっと上向かせる。 「何を…」 「名は島村ジョー。母親は日本人、父親は不明…ね」 「ど、どうしてそれを…!」 ぎょっと目を見開く少年に、男はくつくつと笑う。 「これくらい簡単に調べが付く。しかし、紅の眼とは、確かに珍しいな」 「っ…」 それが理由で散々苛められて来たジョーにとって、それは屈辱でしかない。 だが、顔を逸らそうにも男の手にがっちりと掴まれてしまってそれは叶わない。 「特例だ、選ばせてやろう…このまま私の元で働くのと、鑑別所…そして死を」 さァ、どれが良い。 「ぼ、僕は…」 ついさっきまでは、いっその事死にたかったと思っていた。 けれど、生き残ってしまった。 再び死へと向かう勇気など、情けないと言われようが無かった。 そして、入ったらまず出られないと言われる鑑別所にも。 「僕は…」 ならば、ここで生き延びて、いつか自由を取り戻す好奇を狙った方が良いのではないだろうか。 「僕は…貴方の元で・・・」 消え入りそうな声でそう告げると、顎を捉えていた手が離され、くしゃりと撫でられた。 「良い子だ」 この先は苦しみの道だと判っていても、ジョーは仄かにその手を嬉しく思った。 「…スカール様、あの・・・」 いつもの様に部屋へとやって来た男に、ジョーはおずおずと声を掛けてみる。 だが、少年にまで様付けで呼ばれるとは思っていなかったらしい男はほんの微かであったが驚きを浮かべてみせた。 「あ、あれ?違いますか…?」 その表情の変化に、自分が彼の名を間違えたものだと思ったらしい。 少年はどうしよう、と視線をさ迷わせる。 「…いや、お前が様付けで私を呼ぶとは思わなかったのでな」 「で、でも他の方は様付けでお呼びしていたんですけど…」 実験室への行き帰りにでも聞いたのだろうか、彼は「いけなかったんでしょうか?」と男を見上げている。 「いや…で、何か聞きたい事があるのではないのか?」 「あ、えっと…その、僕は…お役に立てていますか?」 少年の言葉に、今度こそ男は明らかに驚いたような表情をした。 それもそうだろう。好き好んで実験体になったわけでもない少年が、役立っているかなどと不安げな表情で聞いてくるのだ。驚かない方が無理というものだ。 「僕は…その…そりゃあ、痛かったり苦しいのは嫌だけど…もう、ここにしか、居場所が無いから…」 俯き、指先を弄りながら少年は小さな声で告げる。 この部屋で目を醒ましてからどれほど経ったのだろう。 己の生活サイクルから一ヶ月程度は経過しているのだろうとは思うのだが、何せ日の目も見れず、時間さえ知らせられないこの空間。 正確な日数は分からない。 だが、少年の思いを変えていくには十分な時間だった。 「だから…その…役に立たないと…また、無くしてしまう…」 得体の知れぬ、一歩間違えれば死に至るかもしれない薬剤の実験体。 けれど、少年にとって何より恐ろしいのは拒絶される事だった。 一度受け入れてもらえた存在に否定される事、己の居場所が無くなる事。 少年にとってはそれが何より恐ろしかったのだ。 「…ふっ…」 小さく笑い出した男に、少年はうろたえた。 「あ、あの?」 「お前は本当に飽きない」 お前の様な者は初めてだと男は端正な顔を歪めて笑った。 すると、男のマントを止めている髑髏がビーッと機械音を発した。 「私だ」 通信機を兼ねるそれから微かな機械音と男の声が聞えてくる。 『スカール様!2256実験の準備が整いました!』 「わかった、すぐ行く」 通信が切れると同時に男は立ち上がり、少年の髪を撫でた。 「また来る」 そう言って男はいつもの覆面を被り、部屋を出ていった。 「……」 一人残された少年は、男の去っていった扉をじっと眺めている。 いつからだろう、と思った。 彼が自分の前ではその覆面を外すようになったのは。 髑髏の覆面を被った彼が恐ろしくて、視線を上げられなかった。 それを察した男は「これならどうだ」とその覆面を外したのだ。 オールバックに撫で付けられたどこか青味がかった黒髪、髪と同じ色をした鋭い眼光。 どうして良くしてくれるのか、と問うた自分に、男は微かに笑った。 「下を向いたままではその緋の目が見えんだろう」 初めて、この異端の色で良かったと思った。 それはそのお陰で己の命が永らえている事もあったが、何より、彼を喜ばせれた事が嬉しかった。 実験は苦しみを伴うものの方が多かった。 研究員が結果をレポートに取り、部屋に返されてからもそれが続く事は多々あった。 けれど、そういう日は男はいつもより長い時間傍にいてくれた。 単に実験結果をその目で見たいだけかもしれない。 だが、苦しい時、傍らに誰かがいてくれるというのは何より心の支えとなる。 一人で苦しむほど辛い事はない。 例えそれが優しさでなくとも、少年の救いとなるには十分だった。 実験体としてであっても、彼は居場所を与えてくれた。 どうせ日の当たる世界に帰る所も無い。居場所も無い。 ならば、もう自由など遠くとも良い。 実験で命を落す事になっても、その時、彼に労いの言葉を貰えたなら。 それで死んでも良いとさえ、思えた。 (続く) それにしても私の書く009SSって、温いですね。 何か、こう、休憩時間に紅茶(しかもちゃんと葉っぱから入れてる)飲みながら有名店のケーキを突付いて家族についての雑談してそうな雰囲気です、ウチのBG。いやな悪の組織だ。(爆) あー戦闘シーンめんどい。いつも以上に手抜き。面倒面倒。 |