『もしも僕に十字架が』

 


教会へ?

はい…どうしても、探したい物が、あるんです…。
あ、あの、絶対戻ってきます!必ず、戻ってきます。
だから…

……良かろう。ただし、私が戻ってくる迄だ。

あ、ありがとうございます!!


戦艦へ戻って来た司令官たる男に警備兵たちは敬礼を固める。
それを壁の一部程度にしか思っていないだろう男は司令室への扉を潜る。
「お帰りなさいませ」
頭を下げる白衣の男に一瞥もくれる事無く彼は「009は」とだけ問うた。
「009は…」
まだ、と続けられるはずだった男の声は横滑りして開く扉の音に掻き消された。
「ちゃんと帰って来たようだな」
入って来た少年の姿に彼はふん、と鼻を鳴らした。
「そういう、約束でしたから…」
視線を伏せてそう答える少年。
「009、来い」
お前は下がれ、と命じられた白衣の男は一礼の後、部屋を出ていった。
「これより本拠地へ戻る」
明らかに位の高い者の為に造られた椅子に腰掛け、男は髑髏の覆面を外した。
「はい…」
「ふん…そんなにあの裏切り者たちが気になるのか?」
「……」
「まあ良い。彼奴等には0010を送り込んでおいた。今頃一人残らず死んでいるさ」
「!……そう、ですか…」
大きく少年の表情が動揺に揺れた。だが、男はそれを見ぬ振りをして少年の腕を引き寄せた。
「お前は裏切るなよ、009」




「チキショウ!」
ぱしっと髪を逆立てた男は握り締めた拳同士を打ち合わせ、憎々しげに舌打ちする。
「雨さえ降らなければ!!」
「まあ落ち着け、マイナス」
「けど、プラス…」
憤る男を宥めたのは彼と同じ顔をした男だった。
違うのは、マイナスと呼ばれた男が青い戦闘服を、そしてプラスと呼ばれた男が赤い戦闘服を纏っていると言う事だった。
「多少奴等の寿命が延びたからと言って、俺たちの勝利に間違いはない。雨が止んだ時、それが奴等の最期だ」
プラスがそう肩を竦めたと同時に部屋のドアが開いた。
「雨が止んだ。今回はプラスも出撃せよとの御命令だ」
入って来た研究員がそう告げ、二人は顔を見合わせた。
「行くか」
「ああ。今度こそ息の根を止めてやる」
二人はくつくつと喉を鳴らしながら部屋を出ていった。




ぎい、と重苦しい音を立ててジョーはその屋敷の扉を潜った。
背後で扉が自然と閉じられる。ジョーはそれを気にした素振りも無く、真っ暗闇の中、奥へと進んでいく。
「マザー」
エントランスの中心辺りでそう呼ぶと、一斉に屋敷に明かりが点った。
「良く来てくれたわ、ジョー」
正面の扉から一人の女性が穏かな微笑みを湛え、こちらへやってくる。
緑がかったウェービーな黒髪を揺らし、胸元を強調するスラリとしたドレスを纏った女性は嬉しそうにジョーの頬に手を当てた。
「今日はいつまで居て下さるの?」
奥へと誘われ、ジョーは女性とソファに並んで座った。
「今日は…聞いて、欲しい事があって……」
俯き加減にそう告げる少年に、女は「まあ」と目を僅かに見開いた。
「どうしたの?誰かに苛められたの?」
「…BGを裏切った00ナンバーサイボーグの事なんだ…」
「彼らがジョーを傷付けたの?」
僅かに険を帯びた女に、ジョーは緩やかに首を左右に振った。
「……一緒に、こないかって……」
「……」
「正直、迷ってるんだ…このままで、いいのか……でも、早く決めないと…0010が……」
きゅ、と唇を噛み締めて黙り込んでしまう少年。
女はそんな少年を見つめ、艶やかな唇を開いた。
「じゃあ、こうしましょう。彼らが0010を倒し、0011を倒し…そして、私も倒せれたら、貴方は彼らの元へお行きなさい」
「え?」
「私より弱い人に、私の大切な子を預けるなんで出来ないわ。だから、せめて私まで倒す事が出来たら、貴方は彼らとお行きなさい」
「そんな、それじゃあ、マザー…!」
すっと彼女はジョーの口元に指を当て、先の言葉を封じてしまう。
「でもね、ジョー。どちらにせよ最後に選ぶのは、貴方自身よ。彼らと行くのか、あの方に尽くすのか。よく、考えなさい」
「……はい、マザー…」
小さく頷いたジョーに、女は満足げに微笑み、その体を抱き寄せた。
「良い子ね。大好きよ、ジョー」
暖かな腕の温もりと緩やかに髪を撫でられる感触に、ジョーはそっと眼を閉じた。





(続く)

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