アビドレ現代0.5
〜チーグルの森〜









「どうしました?ルーク」
先ほどまでチーグルを捕まえるのだと息巻いていたルークは、いつの間にか大人しくなってぼんやりと森を見回している。
恐らく足元への注意は全く向けられてないのだろう、僅かな段差に躓いたりして歩調が乱れている。(ティアの注意も耳に入っていないようだ)
「ん、ああ…」
漸く意識をイオンへと向けたルークの瞳は何処かぼんやりとしていて、まるで寝起きのような曖昧な表情をしていた。
「…何なんだろうな…」
そしてとうとう立ち止まってしまう。
「ルーク」
ティアの諌める声をイオンが視線で制するが、そうするまでもなくルークの耳には届いていないようだった。
ぼんやりと森を見回して呟く。森ってどこもこうなのか、と。
「ああ、でもタタルはそんな事…いや、あの時は夜だったし気ィ張ってたし…」
「何か、あったんですか?」
やんわりとしたイオンの問いかけにルークは再びイオンを見下ろす。
「ん、なんつーか…暖かい、感じがしないか」
「暖かい、ですか」
イオンはルークが言いたいのが体感的な事ではなく、感覚的な事を言いたいのだという事は分かったが、それによってルークが何を導き出したいのかを引き出そうとする。
「ん、暖かいっていうか、なんつーか…んー…」
「もしかして、『懐かしい』、ですか?」
「それだ!」
びしっとイオンを指差す。余りお行儀の良いとは言えない仕草に、しかしイオンは穏やかな笑みを漏らした。まるでルークの役に立てた事が嬉しいと言う様に。
「なんか、この森の空気っつーか、そういうのが懐かしい気がするんだ」
言い表したい言葉が見つかって上機嫌にルークは続けたが、次の瞬間にはしゅんとして、そりゃあ外に出るのは今回が初めてだけどよ、と唇を尖らせた。
「そういう事があっても良いと思いますよ」
イオンがそう微笑めばルークも「そうだよな」と笑顔を取り戻した。
「あ、そういえばさ、イオン」
「はい?」

「イオンは、『イオン』だけなのか?」

その真意を測り損ね、しかしまさかとイオンの表情が微かに強張る。しかしそれに気付いた様子もなくルークは続けた。
「姓は、何て言うんだ?」
ああ、そういう意味か。イオンは内心でほっとする。
「元々はあったはずなのですが、導師になってからは『イオン』だけです。教団の高位に立つものは大抵が名前か姓のどちらかだけを残し、それを総称とするのですが…僕は幼い頃から教団にいましたから、元々の姓は覚えてないんです。すみません」
ふうん、とルークが気の無い相槌を打った。
どうやら彼の求めていた答えは得られなかったらしいが、それで彼が気を悪くした様子は無かった。
「イオンにもさ、なんか、おんなじ感じがするんだよな」
こう、あったかいような、なつかしいような、そんなかんじが。
拙い説明にイオンの奥底から何かが沸きあがってくる。
それは暖かで、そう…懐かしいという、想い。
イオンは笑みを深める。
ああ、どうして貴方はそんなにも僕を幸せにするのが得意なのですか?
ああ、どうして僕はこんなにも貴方を懐かしいと思うのでしょう?
「ええ、ルーク…私も、そう思いますよ」
きゅ、とその綺麗な手を握ると、彼ははにかむ様に笑った。
「貴方を見ていると、とても懐かしい気になります…」
そう、愛おしいほどに…貴方が、懐かしい…。





*****
ティア完全無視ですか。(爆)
話の都合上入る余地が無かったワンシーン。
でも実はとっても重要シーン。でもウッカリ省いてしまいました☆(殴)
せっかくなので拍手用に書いたのですが、本来チーグルの樹について描くつもりだったはずが気付けばイオルク話に…アレ?
あ、名前のことは完全捏造です。モチ。
恐らくモースとかもちゃんとしたのがあるんでしょうが、全く出てこないのでそこに付けこんでそういうシステムということにしてしまいました。(爆)
ちなみに、総称は被ってしまっては問題なので、イオンという名前の高位の者はいないです。
例えばこの後イオンという名の人が昇進して総称を戴く事になったとしても既に導師イオンがいるのでその人はイオンという名前は使えません。
なので姓を総称とします。姓も誰かと被る、という場合は新たに作ります。
が、それは自分で作るのではなく、導師か大詠師クラスの人に授けてもらいます。
洗礼で貰う名前みたいなモンですね。よく知りませんが。確か友達の姉が貰ってました。








拍手ありがとうございましたvv