プランツ
〜長男・サルーの場合〜


「陛下」
妻の声に私は我に帰った。
私はサルー。サルー・ピオニー・マルクト10世。
このマルクトの皇帝の座に着き、もう随分経つ。
「手が止まってましてよ」
そして書類にサインをする私の手が止まっていることを指摘した彼女は私の妻であるペレ。
ペレイラ・デサ。
元々は現キムラスカ王の第一王女であり、良き友であるアデミル王子の妹である。
「どうかなさったの?」
私より濃い金の髪を揺らし、緑がかった青い瞳で私を見る。
「いや、少し考え事をしていただけだよ」
「…お義母さまのこと?」
私は素直に頷いた。
「以前なら、これくらいの時間になると良く押しかけてきたものだったんだけど」
「…お義父さまの具合が良くないのかしら。便利連絡網から連絡は無いの?」
便利連絡網。
妻の命名に思わず私は苦笑する。
彼女曰くの便利連絡網とは、母の声が直接聞こえる現象の事を指している。
フォンスロットの関係なのか、それとも母の特殊な生まれによるものなのかは分かっていない。
それは常に一方通行で、母から私たちへ声が届くことはあっても、その逆は滅多に無く、
そして私たちがお互いにその音にならぬ声を交わすことも出来ない。
母自身、完全にコントロールできるというわけでもないようだった。
果たしてこれは便利なのだろうか、と疑問の念を抱くのだが、妻にとっては便利の範疇らしい。
「父上に何かあればすぐに分かるだろうけれど…そういった感じは無いみたいだね」
しかし、と思う。
父はつい最近まで、老いを知らぬ母と一緒になって世界のあちこちを飛び回っていたが、
ここ数日は体調を崩して屋敷に篭っている。
寝込むほどではないと言っていたから、恐らく今もベッドを抜け出そうとする父を母が
子供の悪戯を叱るように怒っているのだろう。
彼らはずっとそうして時を共に過ごしてきたのだから。
この先の事を、考えないわけではない。
けれどもう少し、あの二人が同じ時を過ごせれば良い。
私は心からそう願った。







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プランツ子供編、サルーのお話。
エルーシャの次に生まれた長男。








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