アビドレ創世暦7.5
〜赤いカードキー〜
(で、結局この赤いカードキーは何なんだ?) アッシュは無意味に裏返してみたりするが特に何が分かるというわけでもない。 門扉のスロットに通してみてもエラー音が響くだけで青いカードのスペアというわけでもないらしい。 二階の物置の鍵だろうかとも思ったが、物置の鍵は他の部屋と同じく手動のものだった。 アッシュはカードを睨みつけるように見下ろしながら居間を歩き回る。 不意に、足が何かを見つけた。 居間の、北側の端に足音の変わる場所があった。歩く感触も何処かおかしい。 何かある、と毛足の短い絨毯を捲ってみる。 するとやはり床に扉を埋め込んだような…恐らく地下貯蔵庫か何かの入り口らしかった。 「何?これも部屋?」 ルークが一緒になってその扉を見下ろす。 「ああ…多分な」 埋め込み式の取っ手の脇にスロットが嵌っている。 アッシュは片膝をつき、どこか恐る恐るといった風に手にしていたカードを差し込んだ。 そして。 かちり、とロックの外れる音と共に埋め込まれていた取っ手が姿を現す。 「……」 その取っ手を掴み、持ち上げる。 古臭く重々しい雰囲気とは裏腹に、少しの力でその扉は持ち上がった。 留め金を立てて固定する。 澱んだ黴臭い空気が鼻を突き、少なくとも食料庫ではなさそうだと思う。 「なに、ここ…?」 少女の不安げな声がぽっかりと口を開けた闇に落ちていく。 眼下にはいつの時代の産物だ、と思わせる石造りの階段が闇の中へと呑み込まれていた。 まるで、あの、時計塔を潜ったときの様な不安感がせりあがって来る。 それを誤魔化すように入り口付近へ視線を廻らせる。 あった。 古臭い切り替え式のスイッチを入れれば、石段に設置された譜石が淡い光を帯び、闇に浮かび上がった。 しかし奥までは見渡せない。 入ってみるしかないのだろう。 「…お前はここで待ってろ」 少し気後れしながらも、アッシュはその石段に一歩ずつ足を降ろした。 「や…あぶないよ…アッシュ…」 「大丈夫だ…」 「や…こわい…」 数歩、階段を降りたアッシュの背に弱々しいルークの握力を感じる。 アッシュは仕方なく、しかし何処かほっとしながらその手を引いてゆっくりと石段を降りていった。 崖の端や、艦のマストに上らされた経験のある者なら、この感覚が理解できるだろうか。 一歩ずつ、慎重に足を進めていたのに、不意に下を見てしまったときのあの世界が廻ったような感覚。 十数歩、階段を降りたアッシュの目の前には淡い譜石の光だけではその全てを把握できないほど広い空間が… そう、貯蔵庫なんかじゃない。ワインセラーなんかでもない。 明らかに地下室が、そこにはあった。 「なに…ここ…こわい…」 ルークはアッシュのマントに隠れるように身を縮こませ、声を発するのさえ恐ろしげに囁いた。 アッシュが壁に設置されている譜石に手をかざすと、ぱちっとはぜるような音がして、 先ほどの石段脇の仄かな明かりとは比べ物にならない、荒々しいほどの明るさが部屋に満ちた。 「何故…こんな所に牢獄が…」 ドージェ・ホドにかけて、ここはただの地下室などではなく、実際に使われていた痕跡も生々しい、地下牢…牢獄だった。 天井や壁から不気味な蔓草のように垂れ下がった鉄鎖や縄。 時代錯誤な石組みの壁と床に染み付いた、あの、奴隷市場と同じ悪臭。 「…!あいつ…」 一瞬でこの暗闇を譜石の光が満たしたように、アッシュは二枚のカードを渡したときのガイの表情が甦り、同時に悟った。 アッシュは親友とも呼べる彼がここで何をし、そして何のために自分にここを貸し与えてくれたのか。 全て、理解した。 「あいつ…」 案外、ガイが恐らくここで働いていただろう有るまじき行為にはショックも幻滅も感じなかった。 昔からアッシュは、一つ年上のガイが自分の知らない、世界の秘密の全てを知っているかのような妬ましさのようなものを感じていた。 彼が女性にもてるのと同じように。 そして彼がその女性たちに冷たく、残酷であることは知っていたが、こうして見せ付けられたのは初めてだった。 軍隊で見た懲罰房や監獄とも違う。 恐らく、相手を痛めつけ、屈辱を味合わせるだけのための空間。 そんな異常な空間にアッシュは一人、いや、 「ね、ね…アッシュ、ここ、こわい…うえ、もどろ…?」 この空間に支配されかけていたアッシュは、いつの間にかルークが己の胸にすがり付いてシャツを掴んでいることにも気付かなかった。 ルークの声は聞こえていたが、何故かそれはとても虚ろに聞こえ、そこにガイの笑い声が重なる。 胸元に縋りつくルークの体温。 押し付けられた柔らかなふくらみ。 固いコルセットの感触。 「あ、アッシュ…?いた…っ」 怯えたようなルークの声にアッシュはハッとした。 無意識にドレスが飾った滑らかなルークの肩を、指の跡が付くほど強く掴んでいた。 「っ!」 それを自覚した途端、まるで炎に触れたようにアッシュはその手を放し、後ずさった。 「わ、悪い…そんなつもりじゃ…混乱して…」 アッシュは理由の分からない屈辱に全身を打ちのめされたかのようにその場に片膝を付いた。 己を強い人間だと思ったことはない。 しかし、ここまで弱い人間だと思い知らされたのは、辛かった。 「アッシュ…?どうしたの…?」 俯いてしまったアッシュの頭にそっとルークの手が触れる。 その感触にびくりと肩を揺らしたアッシュがゆっくりと視線を上げた。 視線の先では、ルークが優しく微笑んでいた。 「アッシュ…うえ、かえろ…?」 「…ああ…」 アッシュはその手の温もりに助けられるように立ち上がり、まるで傷病兵のようにルークに支えられながら石段を登った。 自動的に消えた強い光。 また足元を灯すだけの仄かな明かりだけが残る。 そして、アッシュは半ばルークに助けられるようにしてその地下牢から陽光の下へ戻った。 扉の止め具を外し、そっとその暗闇を封じる。 かちり、とロックされた音。 もう二度と、この手で開くことはないだろう。 アッシュはそう思いながら、捲れ上がった絨毯を元に戻した。 ***** よかったね、アッシュ。これで少なくともルークに地下室で燃やされたりジェイドに金渡された瞬間に殺されたり 風呂上りにシンクに殺されたりすることは無くなりました。(分かる人だけ笑ってやってください) えーこの辺りがなんで本編に組み込めなかったというと、余りにもゲームそのまま引用だったので…ああr◎f様に顔向けできない…。 |
拍手ありがとうございましたvv