『楽園』の肖像


帝都グランコクマ。
彼が子供を連れて己の執務室へ戻ると、そこには先客がいた。
「よぉ、早かったな」
ソファの上でだらしなく寝そべっていたのは、この国の皇帝である筈の男だった。
「…陛下、ご公務は如何なさいましたか」
「いや、まあカタイ事言うなって。で、そのガキは何だ?お前の隠し子か」
勝手な言い分に溜息をついて彼は腕の中の子供をソファに座らせた。
「今回の『原因』ですよ」
子供の口元以外をすっぽりと覆い隠していたローブを後ろへ落とす。
傍らでふんぞり返っていた男の目が丸く見開かれた。
「…こいつぁ驚いた。赤髪翠眼じゃねえか」
「恐らく、先日姿を消したとされるキムラスカのアッシュ・フォン・ファブレのレプリカです。廃棄したはずが偶々生きていたのか、それとも本物の身代わりとして置いて行かれたのかはわかりませんが…まあ、後者と見て良いでしょう。状態からして造られてまだそう日が経っているわけではないようです。少なくとも放置されてからもそう経っていない筈です。……私は運が良かったのかもしれません」
呟くように付け加えられた一文に皇帝は苦笑する。
「ま、そう背負い込むな。それより、連れ帰ってきてどうするつもりだ」
「私が責任を持って育てます。…といっても任務がありますからその間は人を雇うことになりますが…」
「だったらお勧めの人材がいるぜ」
「誰です。フリングス大佐ですか」
「俺」
にかっと笑って己を指差す皇帝に、彼は脱力感に襲われた。
「…貴方は御自分の立場というものを理解しておいでか」
「おおよ。常にグランコクマにいて宮殿からも滅多に出ず、何よりカッコイイ。何か問題あるのか?」
「大有りです。重臣たちが煩いでしょうに」
しかし皇帝は豪快に笑い飛ばす。
「問題ないさ。俺を誰だと思ってる」
伝家の宝刀『勅命』を抜く気だ。彼は呆れ返って既に溜息すら出ない。
「それよりコイツの名前だけどよ、『ルーク』ってなどうだ」
「『聖なる焔の光』、ですか…貴方にしては良いんじゃないですか?」
「素直に褒め称えろ。よし、今からお前はルークだ」
わしゃわしゃとその焔色の髪をかき回すように撫でると、『ルーク』と名づけられた子供はその手の主を緩慢な動きで見上げた。
「ルーク、俺はピオニー。で、この陰険眼鏡がジェイドだ」
「……ぇー…」
「陛下、おかしな言葉を教えないで頂きたい」
「ぁいー」
小さな手が伸ばされ、皇帝の金の髪をわしっと掴んだ。
「ん?どうした」
今度は成功したそれに、子供の口角が微かに持ち上がり、目尻が下がった。
「お」
「おや」
笑った。
ほんの微かな表情の変化だったが、子供は確かに笑っていた。
「子供は光物が好きですからね。発見した時も私の眼を触ろうとしましたよ」
「へえ!お前の!ルーク、お前大物になるぞ!」
「陛下、それはどういう意味で…?」
にこり、と笑顔で応じれば、その笑顔の危険度に気付いた皇帝は慌てて立ち上がった。
ルークを抱えて。
「やばいぞルーク!ジェイドの雷が落ちる前に逃げろ!!」
ソファを脚で押し、その下から現れた取っ手を引くとぽっかりと真四角の穴が彼らを迎える。
「陛下!また勝手に抜け道を作りましたね!!」
「グランコクマは我が家!そしてこれはリフォームだ!!」
子供一人を抱えた皇帝は高笑いと共にひらりとその穴に飛び降り、蓋を閉じてしまう。
かちりと鍵の掛かる音に男の何かが音を立てて切れた。
「…ふ…甘いですよ陛下!」
彼は本棚に歩み寄ると、目的の二冊を同時に引き抜く。
すると軋む音と共に本棚が扉のように開いていく。その奥へと彼は進み、その姿が闇に呑まれてしまうと同時に本棚は再び軋んだ音を立てて元の位置に納まった。

嵐の去った執務室内は、しんと静まり返っていた。








***
ジェイドの執務室にはいくつも抜け道があります。陛下が作ってはジェイドが閉ざし、の繰り返し。中には閉ざしたと見せかけて陛下捕縛のための近道としてとってあるのもあったりして。
ホントうちのジェイドって頭悪そう・・・_| ̄|○






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