いつわりの花園
公爵様がお呼びです。
メイドの言葉に少年は短く応えを返して自室を出た。 少年は今日この日、十の年を迎える。 つまりそれは、この屋敷に閉じ込められて早十年…そういうことだ。 少年はその年齢に不釣合いな暗い笑みを口元に刷き、しかしそれも直ぐに消し去って応接間への扉を開いた。 「父上、母上、ただいま参りました」 公爵、そしてシュザンヌへと視線を向け、しかしその母の隣に座る存在に少年は訝しげな視線を向けた。 それは悪趣味なほどビラビラとしたレースとリボンだらけの純白のドレスを纏い、燃えるような朱色の髪にもごちゃごちゃとリボンやらコサージュやらを散らしていた。 それは確かに計算された場所に繊細に彩られてはいるのだが、見る側にそういった物に対する興味が無いので少年の目にはビラビラ、ごちゃごちゃとしか映らなかった。 そんな、少年からしてみれば奇天烈な格好をした少女(なのだろう)は、少年とよく似た容貌をしており、更には同じ翡翠の瞳でじっと少年を見つめていた。 「お座りなさいな、アッシュ」 少年、アッシュはシュザンヌに促されてようやく自分の席に着いた。少女の視線は相変わらずこちらに注がれている。 「アッシュよ」 「はい、父上」 「今日はお前の十の誕生日だったな」 「おめでとう、アッシュ」 「ありがとうございます」 「あなたにね、プレゼントがあるのよ」 「はあ…」 何となく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。否、気のせいであってほしい。 しかしそんな息子の内心に欠片も気づいていないシュザンヌはにこりと隣の少女へと微笑みかけた。 「アッシュ、この子は『ルーク』。あなたへのプレゼントよ。ステキでしょう?仲良くしてあげてちょうだいね」 「………」 は? 今、母上はなんと言った? 「この子は『ルーク』」、それはわかる。つまりこの目の前のへんちくりんな格好をした少女の名前がルークということなのだろう。「聖なる焔の光」か。確かにそんな髪の色だ。 問題は次からだ。 「あなたへのプレゼントよ」?「ステキでしょう」?「仲良くしてあげて」? 「ええと母上?それは、この少女を養女に迎える、とそういうことでしょうか?」 するとシュザンヌはきょとんとし、そして公爵は苦笑した。 「シュザンヌ、肝心なことを話しておらんのではないのかな?」 するとシュザンヌはあら、とぽむりと手を叩いた。 「そういえばそうですわね。アッシュ、ルークはね、『プランツ』なのよ」 「プランツというと…『プランツ・ドール』のことですか?」 『プランツ・ドール』限りなく人の形をした植物の総称である。 通常の植物と同じように第一〜第六のフォニムで構成されており、光合成もできなくは無いが、基本的に主食はホットミルクと肥料代わりの砂糖菓子を少々。 プランツは自然に発生するのではなく、「名人」と呼ばれる専門の職人が『種』から『育て』ていく。 プランツを扱う店はバチカルとグランコクマに一店舗ずつあるのみで、プランツ一体の価格は庶民の家を一件建てるより高くつく。しかもプランツはとてもデリケートで、基本的には厳選された最高級の衣類、ミルクを好む。 貴族の道楽として浸透しているプランツは、それを所有しているということだけで一つのステイタスだった。 それは財力面でもあり、人格者としてでもである。 プランツは主人を選ぶ。 普段はミルクの時間以外はひたすら眠りに落ちており、自分にふさわしい人間がやってくるまで決して目を覚まさない。(店員はミルク係として認識されているのでこれは例外とする) プランツに愛されるということは、それだけでその人の誇るべき美点の一つとみなされているのだ。 …とそれはともかく。 「そのプランツが、何故ここに…?」 しかも自分と酷似した。 「だからね、アッシュ。あなたのお誕生日プレゼントに特別に名人に育てさせたのよ」 アッシュはきっかり十年生きた今日この日、初めて母のアタマが分からなくなった。 |