いつわりの花園





何とかエンゲーブにまで辿り着いたものの、そこに至ってようやく気付いたことがある。
ルークの食事をどうするか、である。
勿論、エンゲーブでのミルクの調達は簡単である。
しかし、問題はルークが基本的にミルクしか飲まない、ということだ。
味の濃いものやアルコール類でなければ余り影響は無いとは本に書いてあった。人によっては普通のケーキや果物で育てる人もいるのだと。
しかし、万一の成長や変質を恐れて与えたことは無い。
二人きりならば何の問題も無いのだが、しかし今はティアがいる。
しかもガルド節約のために相部屋だ。つまり四六時中一緒。
どうしたものか、とアッシュが思い悩んでいる間にルークは近くの果物売りのテントに向かってしまった。
色とりどりの果物たちが籠に盛られている様はルークの好奇心を大きく擽り、店主に勧められるまま真っ赤な果実を手に取る。
艶やかなその表面に鼻を寄せると甘酸っぱいような香りが広がり、ルークの瞳の輝きは一層きらめきを増していった。
「欲しいの?ルーク」
道の往来で考え込んでいるアッシュを置き去りにしたティアが声をかけると、ルークはこくりと頷いて期待に満ちた瞳でティアを見上げた。
買って買って買って!
「一つください」
「毎度あり!」
つい先ほど宿を予約する際にガルド節約を訴えたはずのティアはルークのおねだりにあっさり陥落してガルドを店主に支払った。(林檎の一つや二つ構うもんですか!)
手の中のそれが自分の物になったことを知ったルークは喜び勇んでアッシュの下へと駆け戻る。そこに至ってようやく自分の世界から抜け出したアッシュがルークの手の中に林檎があることに気付いてぎょっとした。
「私が買ってあげたの。夕食までにはまだ時間もあるし、いいでしょう?」
ティアはアッシュがぎょっとしたのはルークが勝手に林檎を持ってきてしまったのだと思った所為だと勘違いしている。
「だが…!」
こいつはプランツなんだぞ、という言葉を飲み込み、しかしどう続けていいものかとルークを見ると、それはもう全身で「食べて良い?ねえ食べて良い?」と聞いており更にアッシュは言葉に詰まった。
「いいじゃない、馴れない事ばかりでこの子だって疲れているのよ」
これまたアッシュの視線を勘違いしたティアの余計な言葉によってさらにアッシュは追い詰められていく。
ルークが人であると思い込ませて置いたほうが何かと安全な事に変わりは無い。(何せプランツは一般的には物と同じ扱いをされるのだから)しかし食物を摂らせたらまた成長してしまうかもしれない。しかし果物ならなら、いやしかし、しかし…。
さまざまな意見が迷走するアッシュの思考を、ルークの期待に満ちた視線が余計に泥沼化させていく。
「……大丈夫なのか?」
考え抜いた末、ルークに問いかけると、少女はこくりと頷く。
「……わかった」
深い溜息と共にアッシュが許可すると、ルークは嬉々としてその小さな歯でしゃりりと林檎を削った。
それを見下ろしながら、アッシュは再び溜息をつく。
こんなことならいっそグランコクマまで馬車に乗っていけばよかったかもしれない。
キムラスカのバチカルに一軒だけプランツ専門の店があるように、マルクトにもグランコクマに一軒だけプランツ専門店がある。そこで相談できたかもしれないのに。
そんなアッシュの姿に、ティアは「過保護なんだから」と肩を竦めた。






宿へ向かう途中、思わぬ人物を見つけた。
ルークがある一点を見つめて立ち止まったことにより、アッシュたちはそれに気付いた。
柔らかなエメラルドグリーンの髪を持つ、ごく薄い萌黄色の法衣を纏った少年。
導師イオン。
行方不明だと聞いていた人物をまさかこんな所で見かけるとは。
「何故導師イオンがこんな所に…」
ティアが呟くと同時に少年は一際大きな屋敷の中へと消えて行き、声をかけることは適わなかった。
仕方なく宿へと戻ると、受付の男に向かって奇妙なぬいぐるみを背負ったツインテールの少女が騒いでいた。どうやら連れを探しているらしい。
「もうっ!イオン様ってばどこ行っちゃったんだろ…」
こちらに振り向いた少女の服も法衣。そしてイオンの名。
「あの、導師イオンでしたらあちらの大きな屋敷に入っていきましたけれど…」
ティアがそっと告げると、少女は「ホントですか?!」と眼を輝かせた。
「おい、それより導師イオンが何故こんな所に居る。行方不明だと聞いたぞ」
「はうあ!?そんな噂になってるんですかぁ?!イオン様に知らせないと〜!」
アッシュの問いかけに少女は慌てて宿を出て行った。何処か芝居掛かって見えたのは気のせいだろうか。
行方不明の理由は聞けなかったが、ティアが少女の格好からあの少女が導師守護役であり、その彼女が一緒に居るのならローレライ教団公式の旅なのだろうと説明する。
ならば行方不明だという話はなんだったのか。
ともかく、それらはバチカルに帰ってからヴァンにでも聞けば良い。
三人は宛がわれた部屋へと向かった。





翌朝、アッシュは目を覚ますなり飛び起きた。
隣で寝ていたはずのルークが居ない。
部屋を見回しても簡素な造りの部屋には隠れるような場所も無く、もう一つのベッドでティアが眠っているだけで、それ以外の気配は感じない。
「おい、起きろ!ルークが居なくなった!」
一瞬にしてティアが眼を覚ます。
「何ですって?!」
ティアも先ほどのアッシュと同じように部屋を見渡すがやはり求める姿は無い。
「ちっ、受付で聞いてくる!」
手早く着替え、アッシュは部屋を飛び出す。
馴れない夜の森、初めての戦闘と疲れていたとはいえ、隣で眠っていたルークが抜け出すのに全く気付かなかったとは。
「おや、おはようございます」
「連れを見なかったか!赤い髪に翠の瞳の十歳くらいの子だ!」
呑気に朝の挨拶をしてくる受付の男に叩きつけるように問いかけると、男はあっさり「ええ、見ましたよ」と答えた。
「朝早くに翠の髪の男の子が出て行きましてね。それを追いかけていったみたいです」
翠の髪の少年。導師イオン?何故ルークが導師イオンを追う?
「何処へ行ったか分かるか!?」
「確か、男の子の方はチーグルの森へ行くとか言ってましたよ」
チーグルの森へ?何のために?
導師イオンの目的も分からなければ、それを追っていってしまったルークの意図も分からない。
「アッシュ!」
ティアが追いついてきた。その手には彼女のロッドと、昨日購入したアッシュの剣もある。武器も持たず飛び出してきた事に気付いたアッシュはそれを受け取って漸く落ち着きを取り戻した。
「どうやら導師イオンを追いかけてチーグルの森へ向かったらしい」
「導師イオンを?どうして…」
「俺にもわからん。こんなことは初めてだ…」
そういえば導師イオンを発見したのはルークだった。あの時もその後姿をじっと見つめていた。プランツにしか分からない何かがあるのだろうか。
それは導師イオンの行方不明とも、その導師イオンがこのエンゲーブに居ることにも何か関係あるのだろうか。
何より、非戦闘員の二人だけで町を出るなど危険極まりない。
「とにかく、チーグルの森へ急ぐぞ」
「ええ」










***
ティアが微妙に壊れ始めた気が。ティアはまだ自分もアッシュと同類になりつつあることに気づいてません。(笑)
さて、次はチーグルの森ですネ。タルタロス辺りはぶっちゃけまだ何にも考えてないのですが・・・さてどうしたものか。なんかもう、いっそカイツール港まですっとばそうかしら。ディスト出したい。(結局そこか)
どうやってチーグルの森にアッシュたちを向かわせようかと悩んだ末、ルークに突っ走ってもらいました。ルークにとってイオンは初めて見かけた仲間だったので、ついつい追いかけてしまったのです。






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