いつわりの花園
チーグルの住処となっている大樹からは、肉食の魔物を寄せ付けないような匂いを発していると聞く。それは人の嗅覚では捕らえられないそうだが、実際にこの森にやってくると、確かに他と比べて魔物が少ない気がする。
アッシュとティアが駆け出す一歩手前の速度で辺りを見回しながら森を進んでいくと、森の色に溶け込まない鮮やかな紅を視界に捕らえた。 翠の髪の少年と手を繋いで仲良く歩いている焔色の髪。更にはその纏う服の背には動物だかなんだかよくわからない生き物がプリントされている。ルークのお気に入りのマークだ。間違いない。 「おい!」 「ルーク!」 同時に上がった声に二人はびくりとして振り返った。手を繋いでいない方のルークの腕は何か青いイキモノを抱えていたがそれはさておき。 「何で黙って出て行った!」 びくっとしてルークはイオンの陰に隠れてしまう。ルークが自分の後ろに隠れることはあっても自分から距離を置くために誰かに隠れられたのは初めてで、心配が腹立たしさへと変わっていく。 「ルーク!」 アッシュの怒声にルークはますます怯えてイオンに縋り付く。無理にでも引き寄せようと手を伸ばすと、イオンの手によってそれは遮られた。 「すみません、町を出た所で彼女が付いてきていることに気づいたのですが、引き返すのは僕としても不都合があったので連れて来てしまいました。全て僕の責任です。ご心配をおかけしてしまい、本当にすみませんでした」 自分より明らかに年下の少年に頭を下げられ、言葉に詰まったアッシュに「少し落ち着いて」とティアが宥める。 「導師イオン、私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属ティア・グランツ響長であります」 「ヴァンの妹ですね。ヴァンから聞いたことがあります」 「てめえがヴァンの妹だと?!」 ならば屋敷で殺すだの何だのとやらかしたのは何なのか。 しかしティアはその話には余り触れられたくないのか「今はそんなことどうでも良いわ」と切り捨てる。 「導師は何故ここへ?」 「最近、エンゲーブの食料庫が何者かに襲撃される事件が続いています。始めは人による物だと思っていたのですが、調べてみた所、食料庫からチーグルの毛が見つかったんです」 「聖獣チーグルは草食だと聞いてますが…」 「ええ、それに彼らはとても賢く大人しい。人の食べ物を盗むなんておかしいんです。そこで先ほどチーグルの長老から事情を伺ったのですが…」 イオンは事の次第を大まかに説明して見せた。 つまり。 「要はそのブタザルが悪いんだろうが。何でそいつの尻拭いをてめえがやらなきゃなんねえんだ」 落ち着きを取り戻したアッシュが、それでも不機嫌丸出しの表情でルークの腕の中の青い物体を睨み付ける。 「みゅう〜ごめんなさいですの〜…」 「ちょっとアッシュ、ブタザルは酷いわ」 「知るかっ。で、これから交渉に行くのか。魔物に説得なんて効くのか?」 「ミュウが通訳ですの!」 「黙れブタザル。潰すぞ」 「アッシュ!」 「みゅう〜〜」 ふん、とミュウから視線を上げれば、未だイオンの背に隠れるようにしてこちらを伺っているルークと視線が合う。 「…いつまでそうしてる気だ」 微動だにしない。アッシュは深い溜息をついた。(最近増えた気がする) 「…もう怒ってねえよ」 だからそんな眼で見るな。 「来い、ルーク」 手を差し伸べてやると、ルークはイオンの陰から飛び出してアッシュの胸に飛び込み、その胸元にぐりぐりと頭を押し付けた。どうやら謝っているらしい。 「黙っていなくなってんじゃねえよ…」 そっと抱きしめると、二人の間から甲高い悲鳴が上がった。 「みゅう〜〜〜」 どうやらアッシュとルークの間に挟まれているらしい。 このまま潰してやろうか。 邪魔しやがって。 アッシュは盛大な舌打ちをしてルークを開放した。 暫く進むと川にぶち当たった。 幅はそれほどではないものの、覗き込んでみるとそこそこ深さがあるようだ。 しかし渉れないほどではない。 が。 三人の視線が同時にルークを見る。 確実に流されそう。 三人の見解が一致した。しかし当のルークはきょときょとと忙しなく周りを見回している。 アッシュが自分が背負って渉る、と結論付けると同時にルークがミュウのソーサラーリングをがっしと掴んで川の向こうへと向かって突き出した。 「ルーク、どうしたの?」 まあ見てろって、と言わんばかりにルークはにっこり笑い、ぺしっとミュウの頭を叩いた。 「みゅっ!」 鳴き声と一緒に火の玉が吐き出され、アッシュとティアはぎょっとする。 放たれた火の玉は向こう岸の老木の根元に辺り、暫くして盛大な音を立ててその老木は倒れた。ちょうどこちらの岸に頭を預けるように。 即席の橋の上をルークがとててっと走って渉り、向こう岸から呆然としている二人に向かってどんなもんだい!と胸を張った。 「あの樹の根元が腐っていることに気付いたんですね。ルークの観察力は素晴らしいです」 「ご主人様スゴイですの〜!」 イオンがそれに続いて渉り、不思議そうな顔で二人を見た。 「どうしたんです?渉らないんですか?」 「あ、いえ…チーグルが火を吹くとは聞いたことがあったのですが、実際に見るのは初めてだったので…」 「……」 二人の後を追って川を渉ると、ルークが期待に満ちた眼でアッシュを見上げていた。 それに苦笑してその髪を撫でてやると、それは嬉しそうに眼を細めた。 ライガの群れの女王、ライガ・クイーンは思ったとおりイオンの説得を跳ね飛ばした。 仕方ない、とアッシュとティアが戦闘態勢を取ると、くいっとアッシュの袖を引く者がいた。ルークだ。 ルークは戦うなと訴える。しかしこうなってしまってはもうこれしか道は無いのだ。 「導師イオン、そいつを頼む」 「はい。…ルーク、お願いです」 嫌がるルークにイオンが懇願すると、ルークはしょんぼりしてミュウを抱きかかえてイオンと一緒に戦闘の邪魔にならないところまで下がった。 しかし双方に傷が増えるたびルークは飛び出そうとし、その度にイオンに引き止められた。 「ちっ…」 一向に倒れる気配の無いライガ・クイーンにアッシュは舌打ちする。 ライガ・クイーンは幾つもの傷を負っているものの、どれも浅い傷ばかりだ。さすがに今まで戦ってきた魔物のようにはいかないらしい。 「まずいわ…こちらの攻撃が殆ど効いていない…」 ティアの声も焦りが混じり始める。 すると張りのあるバリトンが背後から響いた。 「ライガ・クイーンは私が譜術で始末します。あなた方は私の詠唱時間を確保して下さい」 「ジェイド!」 イオンの声音に安堵の色が混じる。 「マルクト軍の軍人が何故ここに…!」 「詮索は後!前を見なさい!」 思わぬ人物の登場にティアが思わず振り返るが、男の言葉に慌ててロッドを構えなおした。 ジェイドが詠唱に入り、その体から淡い光が立ち上るのを見ていたルークは突然イオンの手を振り払って駆け出した。(青いイキモノがぺいっと放り出されたがこの際どうでもいい) 「ルーク!!」 イオンが慌てて手を伸ばすがそれは空を切り、少女は赤い髪を翻して戦闘の中心へと向かう。 「「ルーク?!」」 二人の間を駆け抜けた焔色にアッシュとティアはぎょっとする。しかし二人がルークを捕らえるより早く、ジェイドの詠唱が完了した。 「ジェイド!止め…」 「グランドダッシャー!」 イオンの制止も間に合わず、ジェイドの足元からライガ・クイーンへと一直線に岩の塊が大地を割って押し寄せ、ライガ・クイーンを貫いた。 「ルーク!!」 濛々と土煙が立ち上る中、アッシュはライガ・クイーンのすぐ傍らに居たはずのルークを探す。 譜術によって作り上げられた岩が音素へと還り、土埃も治まって視界が開けた。 「…ルー、ク…?」 ティアが呆然とその名を呼ぶ。 そこには抉れた大地と、ライガ・クイーンの屍が横たわるだけで。 ルークは髪の一筋すら残さず、その姿を消していた。 そこにあったはずのライガの卵たちと共に。 「ルーーーク!!!」 アッシュの絶叫が森に響き渡る。しかし、応えは無い。 *** 大佐容赦なし。飛び出すほうが悪いんですよにっこりみたいな。寧ろあそこで止めていたら貴方たちが死んでたかもしれないんですから足手まとい一人の犠牲で戦闘要員二人が助かるならそれでいいじゃないですか、みたいな。初期の大佐ってこんなイメージなんですがどうよ。(どうよとか言われても…) ああでも見た目は明らかにキムラスカ王家の血を引いてる外見のルークに傷を付けたらそれはそれで厄介だとも考えそうだし。うん、まあウチのジェイドは容赦ないということで。(爆) ミュウはアッシュにもブタザル呼ばわりされます。アッシュとルークの感性は同じだと思う。ただ手が出やすいか出難いかくらいで。 そんでルークの背中のアレ、結局何なんでしょうね。EDの人物が誰なのかよりこっちの方が気になります。(爆) ちなみにここではルークがはじめて描いた絵という設定になってます。感激したシュザンヌがアップリケにしてみたところ、ルークがいたく気に入ってそれ以来どの服にも大なり小なりこのマークが入るようになったという・・・。 ホント何なんだ、あのイキモノらしきマークは。 ていうか最近プランツばかり書いててスマソ;; なんか筆が載ってるというか、突っ走ってます。 アクゼ崩落までは大体話が出来上がっているのでそこまで突っ走ろうかなあ、と。 |