いつわりの花園
ルークが眼を覚ますと、オールドローズの瞳がじっと見下ろしていた。
「…だれ、ですか?」 何処かの宿屋の一室なのか、二人はベッドの上でじっと見詰め合っていた。 「どうして、アリエッタの弟たちの卵、持ってる、ですか?」 ルークは卵を傷つけないようそっと身を起こし、桃色の髪の少女を見てくしゃりと顔を悲しみに歪めた。 獣の意思を正確に読み取る少女にとって、目の前に突如として現れた少女の伝えたいことは容易く読み取れる。 「……ウソ、です…ママが死んじゃったなんて、ウソ…」 ルークの唇が震え、声にならない言葉を紡ぐ。 ごめんなさい、たすけられなくてごめんなさい…… 「…ッママぁ…!」 ぽろぽろと涙を零して腕の中のぬいぐるみを抱きしめるアリエッタをルークがぎゅっと抱きしめる。 「なんで…やだ、やだよママぁ…!」 その声に誘われるようにベッドの周りで待機していたライガが喉を鳴らす。 アリエッタを抱きしめるルークの瞳が揺れ、涙が二粒零れ落ちた。 それは不思議な事にアリエッタの背を転がり落ち、シーツの上に落ちてもその球体を保っていた。 どれくらい時間が経っただろうか。 漸く泣き止んだアリエッタをルークが離すと、アリエッタは目元を袖でぐしぐしと拭って顔を上げた。 「そう、だ…この子たち、暖めないと…あっ」 シーツの上に転がっていた卵の殆どに罅が入っており、内側から破ろうと卵がゆらゆら揺れている。孵化が始まったのだ。 「がんばって…アリエッタの弟たち…!」 息を呑んで見守る中、一つ、また一つと殻が割れ、中からライガの赤子が這い出てくる。みゃあ、と猫のようなか細い声を上げるその口腔には、既に鋭い牙が生え揃っていた。 四つあった卵全てが無事に孵化し、室内にみゃあみゃあと幼い鳴き声が響く。 それまで大人しく座っていたライガがベッドに乗り出し、生まれたての兄弟の体を舐め始めた。 「ごはん、あげないと…」 アリエッタはベッド脇に無造作に置いてあった皮の袋を引きずり上げるとその中から生肉を取り出した。どうやらライガ用に用意しておいたものらしい。 アリエッタはその塊に迷わず齧り付き、咀嚼したものを生まれたてのライガに与えていく。子供たちを舐めていたライガも同じように生肉の塊を噛み千切り、咀嚼して与える。 気付けばその作業にルークも加わり、子供たちが満足するまでそれは続けられた。 「ありがと、です…この子たち、助けてくれて…」 ベッドの真ん中で身を寄せ合って眠っているライガとその弟たちの毛並みを撫でながらアリエッタが呟く。ルークはふるふると首を振るばかりだ。 「ママのこと、悲しい…けど、今は…この子たち、守ってあげなきゃ、です」 アリエッタはライガたちに埋もれている小さな球体を見つけた。 「?」 二粒の黒真珠のようなそれは不思議な事にその漆黒の中心は純白に光り輝いている。光の屈折加減によるものだろうか。 「ライガママの眼と、おんなじいろ…きれい…」 あなたの?と差し出すと、ルークは微笑んでそれをアリエッタに握らせた。 「…くれる、ですか?……ありがと、です」 アリエッタはいつも抱えているぬいぐるみを引き寄せ、ファスナーを開けてその中にそっとしまいこんだ。 コンコン 『アリエッタ、いるか』 ノックと同時に聞こえてきた女性の声に二人は同時に扉を見た。 「いる、です。リグレット」 「アリエッタ、タルタロスの居場所が…」 入ってきた女はアリエッタともう一人、さっとアリエッタの影に身を寄せた少女に眼を見開いた。 年の頃は十歳前半の焔色の髪、翠の瞳を持つ少女。 「お前は…ルーク!何故ここに…」 「ルーク、いう…ですか?」 ルークにしがみ付かれているので首だけ逸らせて問うと、ルークはこくりと頷いた。 「まあいい、ともかくお前の事は閣下に判断を仰ぐ。来い」 「だめ…ルーク、嫌がってる…ルーク、アリエッタの弟たち助けてくれた…だからルークの嫌がること、だめ…」 リグレットはアリエッタとルークを交互に見ていたが、やがて「仕方ない」と溜息をついた。 「ここは引き払うから閉じ込めておくわけにも行かない。アリエッタ、お前がルークを連れて行け。タルタロス襲撃後、導師イオンと一緒に閣下の元へ連れて行く」 いいな、と告げるとアリエッタは暫しの沈黙の後、こくりと頷いた。 アッシュたちはマルクト軍の陸上装甲艦タルタロスに居た。
ルークが消えてしまった後、その元凶を作り出しただろう男、ジェイド・カーティス大佐の指示によりアッシュたちは捕らえられてしまったのだ。どうやら正体不明の第七音素を発し、不正に国境を越えたことによるらしい。 好きで不正入国したわけじゃない、とアッシュは思うが、それは子供の駄々だと割り切れる程度の分別はあった。 が、どうやら話を聞くところによるとそれを建前に(実際不正であることに変わりは無いのだが)アッシュの立場を利用し、和平交渉をスムーズに進めることを目論んでいるらしい。(まあキムラスカ王家以外で赤い髪に翠の瞳なんてのはルーク以外に聞いたことは無いのでイコール王族だと簡単に結びついたのだろう) 和平を結ぶことに異論はないし、戦争なんて起こらないほうが良い。しかし素直に言うことを聞くのは癪に障るのでジェイドを跪かせてやったところ、嫌味ったらしく様付けで呼ばれ、結局アッシュが腹立たしい思いをしただけだった。 アニスと名乗った導師守護役の少女の案内で艦内を一折見て周り、ジェイドの後姿を見つけたと同時に艦が何かの衝撃に揺れた。 「まさか、敵襲?!」 ミュウを抱えていたティアがロッドを握りなおすと、同時にアッシュも剣の柄に手を掛けた。 「艦橋、どうした!」 尽かさずジェイドが伝声管に向かって話しかける。 どうやらグリフィンの大群がこちらへ向かっているらしい。 「グリフィンは単独行動をとる魔物じゃねえのか?」 「ええ、だから尚更危険だわ」 途端、艦が揺れた。先ほどとは比較にならないほどの揺れにアッシュたちは咄嗟に壁に手を付くが、ジェイドだけは変わらず伝声管に向かって何か話しかけている。どういう平衡感覚をしているんだ。 しかし今はジェイドの平衡感覚について議論している暇はない。どうやらライガの大群までお出ましになったそうだ。しかも艦内に侵入されたらしい。 「艦橋!応答せよ、艦橋!」 しかし管の向こうから一向に応えは無い。 その代わり、といっては何だが、隔壁の向こうに感じるプレッシャー。 全く碌な事が無い。 アッシュは舌打ちして剣を構えた。 イオン一人を奪うのに六神将が確認できただけで三人も。(妖獣のアリエッタは見てないが、この魔物の群は彼女によるものだろう)ご苦労な事だ。 黒獅子のラルゴを退けたものの、戦力の要であるジェイドが封印術をくらって弱体化してしまった。完全に封じられなかっただけ幸いというべきだろうか。 何はともあれ、アッシュたちは乗っ取られたタルタロス奪還のため艦橋へ向かったのだが、魔弾のリグレット率いる神託の盾兵に捕らえられ、牢にぶち込まれてしまった。 しかし大人しく閉じ込められているわけには行かない。ジェイドの機転によりタルタロスは完全に沈黙し、格子を爆破して脱出した。(あんな危険な物をよく懐に入れておけるものだ) 取り上げられた武器を見つけ出し、貨物部屋へと駆け込む。 どうやらこの奥にジェイド曰く「イイモノ」があるらしいのだが、そのための貨物移動は何だかんだと言い包められてアッシュ一人が行うことになった。(跪かせたのを根に持っているとしか思えない) アッシュの努力の結果、ジェイド曰くの「イイモノ」の元へ辿り着いた一同は、できればもう少し穏便な「イイモノ」であって欲しかった、と思った。(ジェイド除く) 破壊された壁を抜け、甲板から左舷の非常ハッチへと向かう。狭い足場での戦闘に苛立ちながらも目的地へ辿り着くと、丸窓の向こうにリグレットとイオン(神託の盾兵のオマケつき)の姿が確認できた。どうやら何処かへ行っていたらしい。 「間に合ったようですね」 ジェイドが手短に指示を出し、アッシュはティアからミュウを受け取った。 頑張るですの!と声を上げたミュウを思わず力技で黙らせると、使い物にならなくならない程度にお願いします、とジェイドに釘を刺された。 アッシュが舌打ちすると同時に兵士が駆け上がってくる。 重い音を立ててハッチが開くと同時にミュウを突き出した。 「みゅっ!」 ぼっと音を立てて炎が吐き出され、それに驚いて体制を崩した兵士の落下が終わるより早くジェイドの槍がリグレットに突きつけられていた。 このまま上手くいくかと思われたが、それはティアの動揺によって脆くも崩れ去った。 「アリエッタ!タルタロスはどうなった!」 「制御不能のまま…この子が隔壁引き裂いてくれて、ここまでこれたの…」 ハッチに現れた少女、妖獣のアリエッタが何かの手を引きながらハッチを降りてくる。その「何か」を視野に捉えた瞬間、アッシュとティアは瞠目した。 アリエッタに手を惹かれて降りてくるのは、紛れも無く。 「「ルーク!!」」 アリエッタやライガの影で二人の姿が見えなかったのだろう、ルークがひょこりとアリエッタの影から顔を覗かせる。そしてアッシュを見つけた途端、駆け出していた。 「あっ…」 咄嗟のことにアリエッタが対応できず、リグレットがルークの脚に向けて譜銃を構える。 「リグレット!ダメ!!」 アリエッタの制止に、しかしリグレットが引き金を引こうと指に力をこめたその時、空から何者かが降ってきた。 その人物はリグレットの腕を蹴り上げ、イオンを掻っ攫っていく。 とさ、と草の上に弾き飛ばされた譜銃が落ちた。 「ガイ様、華麗に参上」 思わぬ人物の登場に敵味方問わず一瞬の動揺が走り、しかし唯一動じなかったジェイドがアリエッタを拘束し、その喉元に槍の切っ先をあてた。 場の主導権が完全にジェイドに移る。 ジェイドの指示に従い、リグレットが譜銃を捨ててタルタロスの中へと消えていく。 アリエッタもジェイドに促されて魔物を艦内へと戻すが、消え入りそうな声でイオンを呼んだ。 「言うことを聞いてください、アリエッタ…」 しかしイオンの応えにアリエッタは落胆したように視線を伏せ、そして階段を上っていった。 もう少し、というところでアリエッタは立ち止まり、振り返る。 「…ルーク…」 アッシュにしっかり抱きとめられているルークを寂しそうに見て、アリエッタは艦内に消えていった。 *** 所詮アッスとルークは完全同位体。(爆)しかもここのアッスは外に出たことが無いので多少坊ちゃん気質。 最初、ガイ様のことをすっかり忘れて書いていたので後で慌てて書き直しました。(笑) アリエッタ大贔屓ですが何か?(また真顔でコイツ…)でも最終的にアリエッタがどうなるかまだ決めてない。生き延びた場合どうするかが決まらない限り死亡面子の仲間入り予定。 それにしてもルークがタルタロスに連れて行かれた頃ってアリエッタたちは何処にいたんだろう…とりあえずケセドニアのイメージで書いてたのですが…さすがにダアトから直接飛んできたってこたないだろう。 |