いつわりの花園





タルタロスから脱出後、一行はセントビナーへと進路を取った。
ジェイドがアニスの姿が無い事をイオンに問う。どうやら魔物に放り出されたらしい。
しかし遺体が見つからないと聞いたらしく、ならばアニスは無事だとイオンとジェイドは判断したようだった。
それよりも気になるのがルークだ。
確かにあの時、ジェイドの譜術に巻き込まれたと思ったのに(この辺でガイは慌ててルークに怪我が無いか確認していた)その姿が忽然と消えたかと思えば妖獣のアリエッタに手を引かれて現れた。
何があったのかと問うてもルークが喋れるわけも無く。しかも本人も良く分かってないのかきょとんと小首を傾げるばかりだった。
やがてイオンを休ませるためにアッシュたちは乾いた地面に腰を据える事になった。
お互いの自己紹介(とガイの女性恐怖症説明)を済ませ、ついでにアッシュはガイにルークは妹で通している事を耳打ちした。

会話にも和やかなムードが漂い始めた頃、「お客様」は現れた。
斥候の神託の盾兵数名。
ミュウを抱いたルークとイオンを下がらせ、それぞれの武器を構える。
自然とアッシュとガイが先陣を切り、ジェイドとティアが後方で譜術の詠唱に入る形が出来上がっており、お客様には丁重に永遠の眠りに就いていただいた。
先陣二人が多少の掠り傷を負った程度で、こちらの被害は殆ど無いに等しかった。
アッシュが剣を振って血を落とすと、こちらをじっと見ているルークに気付いた。
ルークは例えようの無い表情をしていた。少なくとも、それが良い色ではないことは分かる。
アッシュは思わずその無垢な視線から顔を背けた。





人を殺すことに何も感じないわけじゃない。
けれど剣を握るという事は、そういう事なのだ。
身を守るために、人を殺すこともある。
それが相手の可能性を奪うことであっても。
剣を握った以上、受け止めなくてはならない責任であり、義務だ。
それを考えず剣を握るのは、全てを真っ向から受け止めている者への侮辱でしかない。

「!」

そっと頬に触れた温もりに、アッシュは我に返って顔を上げた。ルークが心配そうな目で覗き込んでいる。
温もりの正体はルークの小さな掌だった。
視線を廻らせると、仲間(と言っていいものか)たちはそれぞれ焚き火の周りで体を休めている。
イオンはもう眠ってしまったのか、焚き火の向こう側に小さな体が横たわっている。
ナイフの手入れをしているティアの傍らではミュウが丸くなっている。
ガイとジェイドは辺りを見回っているのだろうか、焚き火の明かりの届く範囲には居ないようだ。
簡単な食事を摂ってからどれだけ時間が過ぎたのだろうか。どうやら随分と長い間塞ぎ込んでいたらしい。
そっと頬からルークの手が離れる。と、今度は利き腕の二の腕に触れてきた。
ああ、タルタロスでの戦闘で怪我をしたところか。
手当てどころではなかったからすっかり忘れていたのだが、どうやら然程深い傷ではないようだ。微かに違和感を感じるだけで痛みは感じない。
そういえばタタル渓谷でもこんなことがあったな、と思い出す。
あの時もこうしてルークが心配そうに触れていた。
何気なく左手の甲に視線を落とし、目を見開いた。
傷が消えている。
馬鹿な、と手の甲を目前に持ち、よく見てみてもやはり微かな傷跡も見つからない。
いくらあれから日が経っていると言っても、確実に痕は残る傷だったはずだ。だからこそティアは即座に治療譜術をかけようとしたのだ。それなのに。
「……」
咄嗟に頬にも手を当て、こびり付いた血の塊を擦り落とす。
更には先ほどルークが触れていた二の腕にも。
「……ばかな……」
アッシュは呆然と呟いた。
傷が、完全に癒えている。
呆然としたままルークを見ると、揺らめく炎に照らされたその表情はアッシュにどうしたのかと問いかけている。
ルークの、いや、プランツの能力なのか?
確かにプランツの中には変り種が居ると聞く。
それは歌うプランツであったり。
それは賭け事に強いプランツであったり。
それは占いの出来るプランツであったり。
しかしルークのそれはそういった範囲を超えていやしないだろうか。



そうだ、屋敷から飛ばされた時、ヴァンは叫んだ。






――いかん、やめるんだルーク!!






そう、擬似超振動を起こしたのは自分とティアだった。
しかしヴァンはルークを止めた。
それは単に超振動が起きている間に他からの衝撃がかかると何が起こるかわからないから、という事だと思っていた。
しかしそうではなかったとしたら?
「他からの衝撃」が「ルーク」によるものである事が重要なのだとしたら?


だとしたら、ヴァンは何を隠している?








***
セントビナーの辺りは特に何も無いのでだらけてます。
何も無さ過ぎて、仕方ないので予定より早めにアッシュに勘ぐってもらいました。
いいよどうせアクゼ崩落にアッシュは何もできないから。(…)






戻る