いつわりの花園
コーラル城はまさに廃墟といった有様だった。
庭は荒れ果て壁は崩れ、昔は煌びやかな光を放っていただろうシャンデリアは床の上で無残な姿を晒している。 長い間放置されていたそこには当然のように魔物が蔓延っていた。 どれも然程強くは無かったが、奥の部屋にあるいかにも怪しい扉の鍵となる宝珠もそれらによって持ち出されてしまっていると気付いた時は、気の短いアッシュは衝動のままに壁を蹴り付けていた。(しかし誰も諌めなかった) 赤い宝珠でを転がして遊んでいる(としか見えない)魔物をぶった切り、青い宝珠を卵と勘違いして(いるとしか思えない)懐に抱え込んでいる魔物もぶった切り、一行は漸く件の部屋の仕掛けを解くことが出来た。 そこから延びる通路を進み、階段を下りていく。 そこにも魔物は住み着いており、狭い場所での戦闘に舌打ちしながら降りていくとやがて開けた空間に出た。 そこは二層になっており、上の階には巨大な円形の譜業が、下の階には人の大きさ程度の譜業が幾つか並んでいる。 下の譜業の前では悪趣味な椅子の背が、そして駆動音を上げる巨大な円形の譜業の上には、探していた少女が横たわっている。 「ルーク!」 アッシュと始めとしてガイ、ティアも駆け出すが、それは突如現れた魔物に遮られてしまう。ライガとルークを攫った青い鳥型の魔物だ。 そして二頭の間にオールドローズの少女。アリエッタ。 「…通しません」 「アリエッタ、お願いです、ルークを返してください」 イオンの言葉にもアリエッタは首を横に振る。 「ごめんなさい、イオン様…でも、ダメ…です」 「ちょっと根暗ッタ!いい加減にしてよね!あたしたちはアンタのワガママに付き合ってるヒマないの!」 「アリエッタ根暗じゃないもん!アニスのバカァ!!」 「馬鹿はアンタでしょ!とっととルークを返してよ!」 「ルークはアニスのじゃないもん!アニスには渡さないんだからぁ!!」 「てゆーかそもそもルークもイオン様も根暗ッタのものじゃないしー!」 「また根暗ッタって言った!!アニスなんて大嫌い大嫌い大嫌いーー!!」 「煩いですよ、アリエッタ」 階下から響いた声に、不毛な言い争いがぴたりと止まった。 悪趣味な椅子がぐるりと回転し、そこに座った男が見えた。死神ディストだ。 「だって、アニスが…」 「まあいいです、こちらの用は済みましたからね」 ディストが譜業の上に手を走らせるとルークの横たわる譜業から発せられていた淡い緑の光が消え、やがて駆動音も止まった。 「ルーク、もう良いですよ」 ディストの声に、横たわった小さな身体がぴょこんと起き上がり、アッシュは僅かにほっとした。 「では私は帰ってこれを纏めますから。後は任せましたよ、アリエッタ」 ごてごてしい椅子がふわりと浮き上がり、そこから去ろうとする。 しかし彼を呼び止める声があった。 それは、思いもよらぬ唇から。 「フィー」 一瞬、誰の声なのかアッシュたちには理解できなかった。 しかしディストはその声の主へと正しく視線を向けた。 「何です、ルーク」 そう、視線の先には巨大な譜業から下りたルークがいた。 そしてその唇が再び動く。 「フィー」 アッシュたちは目を見張った。確かに今、ルークが言葉を発したのだ。 それが示す意味は理解できなかったが、確かにルークは明確な意図を以ってそれを発した。 「ダメです」 ただ驚きの目で見るしかないアッシュたちとは裏腹に、ディストは少女が何を伝えたいのかを理解しているようだった。 「今は貴方と遊んでいる暇はありません。わかりますね」 するとルークは寂しそうな色を浮かべ、やがて渋々と手を振った。 「では、失礼しますよ」 そして今度こそ彼の乗った椅子は天井の穴から飛び立って行ってしまった。 残されたのはアッシュたちとルーク、そしてアリエッタと魔物たち。 「…ルーク」 アリエッタとルークが見詰め合う。アリエッタは縋る様に。ルークは少しだけ困ったように。 「……わかりました、です」 やがてアリエッタが悲しそうにぬいぐるみを抱え込み、視線を伏せた。 「今日は、諦めます…でも…」 ふわりと頭に触れた感触にアリエッタは顔を上げた。 「ルーク…」 ルークがアリエッタの頭を、まるで良い子、と子供にするように撫でていた。 アリエッタははにかむ様にそれを受け入れ、やがて一歩退いてルークから離れた。 「…またね、です…」 アリエッタが傍らのライガにひらりと跨ると、ライガは意を得て駆け出し、鳥型の魔物はディストと同じように天井の穴から空高く舞い上がっていった。 「…ルーク…」 ガイの微かな呟きに、アリエッタを見送っていたルークがアッシュたちを振り返る。 しかしその視界にアッシュの姿を認めても、漂う不審な雰囲気に気圧されてかその足は動かない。 ルークが何処か困ったような表情を浮かべた。 アッシュとルークの間は数歩で詰める事の出来る距離であるにも関わらず、アッシュにはその距離が遙か遠く、その数歩が酷く重く感じだ。 「ルーク…お前、喋れるのか…?」 呆然と従いの問いかけに、ルークはにっこりと笑った。どうやら褒められたのだと思ったらしい。 その笑顔を見て、漸くアッシュは先ほどのルークの困ったような表情の意味を正しく理解した。 そうだ、ルークはただ、アッシュたちが何故自分の事をおかしな目で自分を見るのかが分からなかった。 自分に対して何か怒っているのだろうか? ルークはそう不安だったのだ。 喋れることを隠していたのだろうかというアッシュの邪推は邪推でしかなく、ルークはただ純粋にわからなかっただけなのだ。何故そんな目で見られるのかと。 元々プランツとは知能はとても高く、言葉も素質があれば話すこともあると言う。とはいっても記憶した単語を繰り返すだけの場合が多いらしいが。 しかし成長して「大人」に育ったプランツは人間のように会話も可能だと言う。 そうだ、ルークは一度成長していたのだ。あれが何かしらの影響を与え、言葉を話せるようになっていたとしてもおかしくはない。 「でも、だったら何で今まで教えてくれなかったんだ?」 アッシュの内心を代弁するようにガイが問いかける。しかしルークは問いかけの意味が良く分からないらしく首を傾げており、答えたのは今まで静観していたジェイドだった。 「必要が無かったからでしょう」 一同の視線がジェイドに集まる。 「ルークは今まで表情や行動で感情を表現することが当たり前だったし、貴方たちはその表情を読み取れていた。つまり言葉という手段を用いなくとも意思の疎通が出来ていた」 「だから、喋らなかったと?」 「恐らくは」 なら、とガイはルークへと歩み寄り、片膝をついて視線を合わせた。 「ルーク、俺の名前を言ってみろ」 期待に満ちた目でルークを見つめるが、しかしルークはきょとんとしているばかりだ。 「ルークはこちらが言葉を引き出してやらなければ喋らないと思いますよ。ルーク」 ルークの視線が「なあに?」とジェイドへと向けられる。 「私はジェイドです。言ってみなさい」 ルークの桜色の唇がふっと薄く開いたが、しかしそこから音は紡がれない。 「ジェイ、ド、です」 「…じぇーど」 「おお!ルーク、じゃあ俺はガイだ。ガ、イ。言ってみろよ」 「…がーい」 「うわ、何か感動…よし、ならルーク、」 ほら、とルークの肩を掴んでアッシュの方へ向ける。無意識にアッシュが身体を強張らせると、ルークが少しだけ悲しそうに眉尻を下げてしまい、慌てて張り詰めた気を緩めた。 「お前の大好きなアッシュだ。ルーク、アッシュ、って言ってみな」 ふ、と再びその唇が開かれ、アッシュは心臓が無駄に騒ぎ立てるのを感じていた。 「あーしゅ」 そして少女は柔らかに微笑む。 「だいすき」 「っ…ルーク…!」 来い、と腕を広げるとルークはガイの元から駆け出し、アッシュの腕の中に飛び込んだ。 ああ、ほんの少し前まであんなに遠く、重く感じていた距離を。 この少女はなんて軽やかに駆けて来るのだろう。 そうだ、疑心暗鬼になどなる必要は無いのだ。 ルークが無事にこの腕の中へ帰ってきてくれたのだから。 ルークが初めて自分の名を呼び、好きだと言ってくれたのだから。 それ以上の何を望むというのだ。 知らなければならないことがあるのなら、それはその時が来れば否が応でも知ることになるだろう。 ならば今はもうこれだけで良い。 この腕の中の少女が無事ならば、笑いかけてくれるならば、それだけで良い。 「さあ、バチカルへ帰ろう…」 二人で母上の元へ行こう。 ご心配をおかけしました、と二人で頭を下げよう。 そしてまた、あの穏やかな日々が始まるのだ。 キャツベルトではそれぞれに客室を宛がわれていたが、何となく全員が食堂に集まっていた。 そこで思い思いの飲み物を口にしながら、他愛も無い話を交わしていく。 話の中心にいるのはガイとアニス、そしてルークだった。 といっても三人で談笑しているわけではなく、アニスとガイがルークに言葉を教え、それを復唱させてはスゴイだのエライだのと騒いでいるのだ。 しかしルークはあくまで鸚鵡返ししか出来ず、それでも彼らは楽しそうだった。 「……」 それをずっと眺めていたアッシュは、始めこそ穏やかにそれを見守っていたのだが、ルークが自分の傍らにいない事でイライラしはじめていた。 「……おい、お前らいい加げ「ルーク」 いい加減にルークを返せ、と言おうとしたアッシュの声は中途半端なところで遮られてしまった。 「…何の用だ」 アッシュが剣呑な視線を声の主に向ける。 先ほどまでアニスたちを茶請けにコーヒーを啜っていたジェイドがルークを呼んだのだ。 「貴方に用はありませんよ。ルーク、ちょっとこちらに」 ちょいちょい、と手で示すとルークはきょんとしながらジェイドの元へとやってくる。 「向こうを向いて首を右側に傾げて下さい。ええ、そうです。少し触りますがじっとしてて下さいね」 おい、と声を上げようとしたアッシュはぎょっとした。 ジェイドはルークの横髪を掻き上げ、左耳を前へ倒すように押して耳の裏を見る。 「何してるんですか?大佐〜」 「いえ、ちょっと」 ジェイドの突然の行動にアニスもティアもぽかんとしていたが、それ以外の者は微かに表情を強張らせた。 プランツ・ドールには、それぞれに認識番号が存在する。 それは職人や詳しい者が見れば、何時、どの名人が生み出した何タイプのプランツなのかが一目瞭然なのだ。 そしてそれは左耳の裏と決められており、人とプランツを見分ける最大の刻印なのである。 しかし、ルークにその刻印は無い。 それにアッシュとガイが気付いたのは、ルークを手元に置くようになって暫くしてからのことだった。 書物には当たり前のように書いてあるそれが見当たらず、困惑したものだったが、しかし翌々考えてみればルークはアッシュのために特別に育てさせた、と母が言っていたのを思い出し、だからなのだろう、という結論に落ち着いた。 というより気にするようなことでもないと思ったのだ。 ルークがルークであることに変わりは無いのだから。 だから確認されるはずの無いそれに、しかしアッシュは心臓を鷲掴みにされたような衝撃に襲われた。 短い付き合いではあるが、ジェイドは博識だということは理解している。 そしてその膨大な知識の中には、プランツの事も含まれているのだろう。 つまり、ジェイドがルークの左耳の裏を確認したという事は、彼はルークがプランツである事を疑っているのだ。 否、この男の事だ、確信を得ての事なのかもしれない。 だがしかし、そこに刻印は無い。案の定、ジェイドは一瞬怪訝そうな色を浮かべ、しかしすぐにいつものアルカイックスマイルへと戻った。 「もう良いですよ」 ルークを開放したジェイドが徐にアッシュへ視線を向けきて、内心でぎくりとする。不覚にも顔に出てしまったのか、ジェイドの笑みが微かに質を変えた気がする。 「ルークが喋れなかったのは生まれつきですか?」 「ああ…」 アッシュは膝の上によじ登ってくるルークを抱き上げながら生返事を返した。 「乳幼児期に高熱を出した事は?」 「無い」 それがどうした、と続けそうになったのを咄嗟に飲み込む。 下手に藪を突いて良い事などありはしないのだ。 「頭を強く打つ様な怪我や、声帯に傷がついた事は」 「無い」 切り捨てるように言い切ると、何故かジェイドは逆に笑みを深めた。 「そうですか。それなら良いんです」 何が良いのか。 これもまた飲み込む。(藪を突くな蛇が出るぞ) 「……」 じっと睨み付けていると彼は「良いんですか」と聞いてきた。 「…何がだ」 ジェイドの背後で、ガイが何かに気付いて慌てている。何だ? 「ルークが砂糖を食べてますよ」 「は?」 膝の上の少女を見下ろすと、何とルークはテーブルに備え付けてあるシュガーポットを引き寄せ、中の角砂糖をぽりぽりと食べていた。 「ルーーク!!!」 アッシュの焦った叫びは、同時に響いた汽笛に掻き消された。 **** 子供の頃、角砂糖を食いませんでしたか。そして怒られませんでしたか。私だけですか。否そんなことは無いはずだ!!(爆) ちと細かい設定を忘れてかけてて焦った。プランツは設定とかも殆どメモを取ってないのでルークの能力についてすぱーんと忘れてて過去ブツを読み返しておりました。 コーラル城については結構適当です。通路とか階段とか適当に配置してます。まあいいよね?(爆) あとは…あ、ルークの言う「フィー」とは勿論サフィールのフィーです。言いやすいところだけ覚えたらしいですよ。 フレスベルク(でしたっけ?)は相変わらず「青い鳥型の魔物」呼ばわりです。ライガ以外の魔物って殆どゲーム中で名前呼ばれてなかったようなので…青いヤツ扱いでいいかな、と。 あとディストは手元のデータとルークに気が行っていてジェイドに気付いてませんでした。ジェイドもジェイドで今はディストをからかうより目の前の譜業と、ルークについて考えたかったので一歩退いて眺めてました。なので不毛な言い合い35歳版は発生しませんでした。(笑) で、 アッシュはルークが可愛い余り視野が狭くなっていってます。プランツでのアッシュはゲームのルーク並みにアホでいいと思います。ヴァン師匠バカならぬルークバカで。なのでよくよく考えれば大事な事でも後回しにしてしまいがちです。なので結局アクゼは落ちます★(笑顔) ジェイドは元々ルークはプランツではないかと疑ってました。が、結構一般的なプランツの定義から外れたことを平気でやるので(みんなと同じ食事や汚れても気にしてない、人見知りが少ないなど)どうなんだろう?って感じだったのですがここで核心に至りました。恐らく一度成長した経験があるか、今成長し始めているかのどっちかだろう、とも思ってます。で、ディストがルークを造ったのではないか、と疑り始めてもいます。ジェイドはルークはプランツだろうと仮定し、しかし製造番号が無いので、その仮定の上で更に人間と仮定した場合、脳や声帯に欠陥がある可能性を浮かべてみました。しかしそれはアッシュがバカ正直に否定してくれたので、候補としては「ルークはプランツである」または「人間だが知恵遅れ」のどちらかに絞られ、しかし十中八九プランツだろうと推測しています。(分かりにくいっての) ちなみにプランツを生み出して出荷まで育てる事が出来るのは、資格を持った名人だけです。ベルケンドのレプリカ施設のようなプランツ製造施設並びに委員会みたいな機関があって、そこで資格を得ます。資格を得るとプランツを育てるための養育費を出してもらえます。しかし年に一度、ちゃんと質のよいプランツを育てているか、という視察検分があります。ハガレンの国家錬金術師のようなものです。 そして製造番号を左耳の後ろに、というのは両国共通です。でもルークはヴァンがディストに内緒で育てさせたもので、尚且つ余計な人たちにプランツだと見分けられても困るので番号はありません。 番号の無いプランツはルークを含め、三体のみ。 |