いつわりの花園






アッシュたちは今、オアシスにいる。
本来なら物資補充を済ませたらすぐにでもケセドニアに向かう所だが、バチカルでイオンが攫われてしまったため、その捜索の手がかりを得るため聞き込みを行っていた。
誰か一人は食堂で待機していよう、となると必然的に聞き込みの出来ないルーク、そしてそのルークを連れているアッシュが待機組となった。
室内であろうと容赦なく暑いというのに、ルークは汗一つ無く(プランツなので当然なのだが)平然とホットミルクを飲んでいる。(注文の際、店主に微妙な表情をされた)
ミルクを飲み干すとルークはカップをテーブルに置き、じっとカップの底を見ていた。
飲み足りないのかと問おうとし、目を見張った。
幽かな光が、ルークの身体を縁取っている。
いつかの光と同じだ。アッシュは息を呑む。
素早く視線を辺りに廻らせる。こちらを見ている者はいないことを確認してからそっと呼びかけた。
「…ルーク」
ふ、と光が消え、ルークがぱっと顔を上げた。
アッシュが言葉を選んでいる内にルークは席を立ち、アッシュの傍らに立つとその袖を引っ張った。
外へ出たいらしい。
先ほどの光、そして突然の行動に訝しみながらも袖を引かれるまま外へ出ると強い日差しが突き刺さり、アッシュは目を細めた。
ルークの細い指先が砂漠の向こうを差し、アッシュを見上げるその瞳は、一つの明確な意思を持って輝いている。
「…導師が、東にいるのか」
にこり、と笑う少女。
何故、と問うべく口を開けば途端に背後から声がかかった。
「あれ、アッシュ、こんな所で何してんだ?」
ガイが二人の傍らに並ぶ。
「…いや…それより、何が手がかりは見つかったのか」
「いやあ、それがさっぱり。奴さん、タルタロスで移動してるんだから一人くらい見かけてても良さそうなんだけどなあ…」
「…そうか。ところで、向こうには街か何かあるか?」
「遺跡ならありますよ」
少し離れた所から声がかかり、三人の視線が向かう。
ジェイドはルークと同じく汗一つ無く(こちらは人間のはずなのだが…)いつものアルカイックスマイルで近づいてくる。
「ザオ遺跡、という殆ど砂に埋もれた歴史の遺物があります」
それがどうかしましたか?
「……店で、東へ向かう戦艦を見た、という話を聞いた」
さすがにルークが言った、と言えば取り合ってくれないだろうことはアッシュとて分かっているので適当に誤魔化してそう言った。
「ふむ…こちらもこれといった手がかりはありませんでしたし…一先ず女性陣と合流しましょう」










事のきっかけは、ルークの肌荒れだった。
イオンを奪回してケセドニアに辿り着いた一向は、翌日の出港に備えて早々に宿屋で休むこととなった。
二人部屋一つに三人部屋二つ。
アッシュとルークが二人部屋。他は男性陣、女性陣で分かれる部屋割りだ。
大部屋が開いていないときの部屋割りは大抵この振り分け方だった。
夕食後、男性陣の部屋に集まって今後の打ち合わせをしていたのだが、次第に雑談も混じり始め、気も緩み始めた。
その時、アッシュが突然立ち上がったのだ。
ルークの肌が荒れている、と。
砂漠を何日もうろついたのだから多少の肌荒れくらい当然だろう、とその場にいた殆どの者が思ったのだが、その中にアッシュは含まれなかった。
アッシュは大慌てでルークを自分たちの部屋に連れて行き、暫くして一人で戻ってきた。
さすがに「肥料とミルクを与えて休ませた」とは言えないので、ただ「休ませた」とだけアッシュが言うと、アニスが思わず、という風に「過保護にもほどがあるよ…」と小さく呟いた。
これがいけなかった。
疲労とルークへの心配で沸点がいつも異常に低くなっていたアッシュは、一気に爆発した。

「そもそも導師がふらふらしてるのが悪いんだろうが!てめえがしっかりしてりゃ砂漠を何往復もしなくて済んだんだ!!」

「すみません…」
項垂れるイオンとは対照的に、これにはアニスも立ち上がってアッシュを睨み付けた。
「ちょっと、アンタ…!」
「あーはいはい、落ち着けって」
ガイが二人の間に割って入る。
「こんな所で仲間割れしてても仕方ないだろ?そもそもアッシュ、ルークを連れてくるべきじゃなかったんじゃないのか?」
「なっ…!」
ガイは困ったような笑みを浮かべ、アッシュに言い聞かせるように続けた。
「最初はそりゃあ仕方なかったが、今回は違う。ちゃんとバチカルから出発したし、その時点で砂漠を越えることもイオンが攫われたことも分かってた。その上、向かうのは瘴気で満ちたアクゼリュスだ。危険だと分かってて何故連れてきたんだ?」
「それはっ…置いて来たらあいつは俺を探して屋敷を抜け出すかもしれないだろうっ」
「けどなアッシュ、屋敷にはシュザンヌ様だっているんだ。あんなにルークを可愛がってくれているシュザンヌ様を悲しませるような事はしないさ。ルークは『そういう子』だろう?」
「だが、アイツは俺の…!」
はっとして口を噤む。
ルークがアッシュの力の制御装置であるということは口外してはならないとヴァンにきつく言われているのを思い出したのだ。
特にジェイド…マルクトに知られてはならない、と。
知られればお前だけでなく、ルークも狙われてしまうだろう、と。
アッシュは舌打ちする。
ガイがあきれの混じった溜息をついた。どうやら先ほどのアッシュの台詞が「俺のプランツだ」と続くのだと勘違いしたらしい。
そうじゃない、と否定したかった。
ガイにだけなら言っても良いんじゃないのか?
そう心の片隅で思った途端、控えめな音と共に扉が開かれた。
「ルーク?どうしたの?」
ティアの視線の先には、中途半端に開いた扉から室内を見渡しているルークの姿があった。
そしてその視線がアッシュを捕らえると、途端に駆け出してその胸にぽすんと軽い音を立てて飛び込んだ。
「どうした、寝ていろと言っただろう」
するとルークは桜色の唇を尖らせ、愛らしい眉を下げて見上げてきた。
寂しい。一人にしないで。
ふ、とアッシュは微かに微笑む。
先ほどまであんなに苛立っていたのが嘘の様だ。
「…ああ、傍にいる」
そうしてルークの手を引いて部屋を出て行こうとするアッシュにガイが声をかける。
「もう打ち合わせは終わってるんだ。俺たちは寝る」
しかしアッシュはそう言い捨て、さっさと部屋を出て行ってしまった。
廊下にまでアニスの怒声が響いたが、アッシュは全く気にも留めなかった。










***
バチカルの時点ではガイはルークを連れて行くことに対し、軽くオイオイ〜程度にしか止める気がなかったので特にそれ以上は言いませんでした。今回、ああだこうだ言ってますがガイ自身、本当はルークと一緒にいたいので敢えて黙ってたというのもあります。でもアッシュを責める事によって、「自分は違う」と思いたかったんですよきっと。
そもそもプランツって連載じゃなくてシリーズで書くつもりだったんですけど…気付いたら連載になってるという摩訶不思議。(爆)
まあこれまでは書くことがあったので連載形式でしたがこの辺りから微妙に飛びつつ進むかも。
イオンの居場所はローレライが「あのねルクたん、導師イオンはね、ザオ遺跡にいるよ。ザオ遺跡はね、お日様の昇る方に進むとみつかるよ〜」な感じで教えました。
あとはルークが疲れないのも暑さの影響を殆ど受けてないのもローレライが癒しの力でどうにかしてます。(爆)どんだけルーク贔屓してんだうちのローレライ。






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