いつわりの花園






瘴気の街を駆け抜ける幼ライガ四頭の後をアッシュとティアは全力で追っていた。
何せいくら幼いといっても魔物の脚と人間の脚では駆ける速さが違う。
彼らにそんな気遣いが出来るはずもなく(する気も無いだろう)、しかし時折アッシュたちを振り返りながらも彼らは駆けていた。
「あ!二人とも大変だよルークが、ってどこ行くの?!」
二人に気付いたアニスが声を上げるが二人はそれ所ではない。となると必然的にアニスも走り出すこととなり、第14坑道と立て札の立てられた坑道入り口に辿り着く頃には何故か全員が集まっていた。
「じゃあ、ルークは宿に居ないのね?」
イオンがルークの様子を見に宿に戻ると、そこは蛻の殻で、イオンとアニスがアッシュに知らせようと探していたら、ライガを追いかけて全力疾走している二人を見つけた、と。
で、そこに二人が加わり、自然と大声になってしまうその疾走中の会話を聞いたガイが加わり、よく分からないがとにかくついてきたナタリア、たまたま第14坑道の入り口に居たジェイドが加わり今に至る。
振り返ってみると非常に間抜けだっただろう事だが、彼らにそれを気にしていられるだけの余裕は無かった。
第14坑道の中には神託の盾兵が「ここが怪しいですよー」と言わんばかりにうろうろしていたのだから。
立ち塞がる神託の盾兵を薙ぎ倒し、奥へと進んでいく。
「それにしてもホントにこんな所にルークが居るの?」
しかも情報源が根暗ッタで案内がライガでしょー?
「でも、今はあの子達に頼るしかないわ」
「確かこの先にはセフィロトへの入り口があったはずです…」
「セフィロト?ザオ遺跡にあったようなやつか」
「はい、勿論封印されてますから中には入れないはずですが…」
曲がりくねった坑道の最奥には、リグレットが待ち構えていた。
そしてその奥には、ヴァンに捕まったルーク。
喉元に手を回され、頭を押さえつけられたルークはそれでも懸命に身じろいてアッシュへと叫んだ。

「あーしゅ!」

ルークがコーラル城以来、初めて自分の意思で口を開いた。
それもアッシュの名を、拙いながらも悲壮な思いを乗せて。
「ルーク!!ヴァン、ルークを放せ!!」
駆け寄ろうとするアッシュの前にリグレットが立ちはだかり、譜銃が向けられる。
「アッシュ、ティア、街の外へ避難しなかったのか」
「リグレット教官!これはどういうことですか!何故ルークを…!」
「ルークは俺の力を制御するためのプランツだろ!!」
アッシュの叫びにそれを知らなかったアニスとティアがぎょっとし、ガイがあちゃーと頭を掻いた。
「え?!ルークってプランツだったの?!」
「あーあ…」
しかしヴァンは何が可笑しいのかくつくつと喉を鳴らして嗤った。
「そんなものはコレをここへ連れてくるための名分に過ぎん…『ND2000、ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を「聖なる焔の光」と称す』…そう、本来ならアッシュよ、お前が『ルーク』と名づけられる筈だった。しかしこの預言には続きがある。『ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す』…お前はこの鉱山の街、アクゼリュスで力を暴走させ、街と共に滅びるはずだった」
「俺が…このアクゼリュスで…?」
「そうだ。だからキムラスカはお前を、否、『ローレライの力』を失うことを避けるべく身代わりを生み出した。それがコレだ」
ぐい、とルークを突き出す。
「アッシュ、お前は無傷で帰せとのことだったが…仕様の無い奴だ」
しかしその手は変わらずルークの細い喉と頭を鷲掴んで放さない。
「…キムラスカの目論見には大きな誤算が生じていた。だが、彼らは誰一人としてその事実に気付かなかった」
ヴァンがルークを見下ろす。その視線は汚物を見るような侮蔑に満ちていた。
「コレはプランツ・ドールではない。この言葉の意味、貴方ならお分かりだろう…ジェイド・バルフォア博士」
アッシュたちの視線がジェイドに向かう。男は珍しく顔を強張らせ、ヴァンを見ていた。
「バルフォアって…プランツを生み出した…?」
ガイが呆然としたように呟く。
「ルークは『プラント』、ですか…」
この男にしては珍しく、忌々しげな色を隠さず吐き捨てた。
「そう、キムラスカは『ローレライの力を継ぐ者』の音素情報で生み出したプランツがどういうモノとなるのか知らなかった」
するりとヴァンの左手がルークの喉元から離れ、少女の細い左腕を掴んだ。
「さあ、その力を解放するのだ。ローレライの醜悪なる寵児…『プラント・ルーク』よ!!」






ヴァンがルークを開放すると同時にルークの右腕が跳ね上がった。
バランスを崩して膝をついた少女。
左手がその小さな身体を支える。右腕は封印された扉へと伸ばされ、指先は引き攣る様に反り返っていた。
声にならない悲鳴が響く。それは少女のものか、アッシュのものか、それとも大地のものなのか。
ルークの右腕が…アッシュの服の裾を引き、彼の手を柔らかく包み込んだあの右手が、見る間に異形のものへと変化していく。
ばつり、と嫌な音を立ててルークの肩を覆っていた布地が弾け飛び、そこから一枚の光の翼がまるで天上を求めるように伸びた。
ぼこぼこと小さかった腕が膨れ上がり、幾筋もの羽根がそこから生えては絡み合う。まるでルークの腕に幾人もの囚人が許しを請うて縋りつくように。
がくん、とルークの顎が跳ね上がり、背が折れそうなほど反り返った。翡翠の瞳は光を失い、焔色の髪がぐらりと揺らぐ。その身体を辛うじて支えていた左手も地を離れ、しかしルークの身体は崩れ落ちなかった。膨張を続ける右腕がそれを許さない。
何十、何百という光の羽根が生えては絡まり合い、紅葉の様だった小さな掌から生えた五本の指が伸び、帯のように広がって螺旋を描く。それはまるで砲身のような…否、それは正しく砲身そのものだった。
輝く羽根と人の顔のようなものが浮き上がった砲身は光の珠を孕んでいた。
キィィィン…と耳鳴りのような甲高い音が響く。
「こんな坑道内でフォニム砲を撃つ気か!!」
男の怒声が響く。
「どうせアクゼリュスは落ちる。ならば導師にわざわざ封咒を解いて頂くよりこの方が早い」
その声は嗤った。
「己の生み出したモノがどれほどのものか、最期に確かめてゆくが宜しい」
ルークの孕んだ光球が見る間に膨れ上がる。歪む空気。鈍い地響き。
天へ伸ばされた無数の羽根。
大地から離れた爪先。
光を孕む砲身。
有り得ない光景。
おぞましい異形。
神々しい光。
醜悪と神秘。
聖なる焔の光。
愛しい少女。


煌きの軌跡。
破壊の道程。









空白の瞬間。








忌むべき牢獄。
愛すべき箱庭。

もう、孵れない。











それは、誰の慟哭。
















***
プランツ・ドールネタと見せかけた実はトライガンネタでしたオチ。(爆)
このプランツシリーズを書くに当たってヴァンに一番言わせたかった台詞が一番最後の部分。あとルークが「フィー」以外で自分の意思で発する言葉はアッシュの名前、というのも決まってました。
それにしてもよく打ち間違えます、プランツとプラント。ややこしい。(自業自得)
それにしても何かすごい手探りで書いてました。いや、トライガン全巻読み返そうと思ってたのですが、どうやらマキシ最新二巻を残し、全部倉庫に封印してしまったらしくて…すみません、私には封印を解くだけの体力がありません。劣化してます。(殴)
漫喫でも行こうかしら…(自宅にあるというのに金を払って他所で読む事になるこの矛盾)






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