いつわりの花園






アッシュと彼らの間に亀裂が入っていようと、ルークの状態については別だった。
ユリアシティに辿り着いた彼らはまずティアの家に向かった。アッシュが眼を覚まさないルークを余りにも(鬱陶しいほど)心配するので、ティアが自分の家で寝かせることを提案したのだ。
ルークの纏う白いクロークは右上半身を中心にぼろぼろになっており、ティアが引っ張り出してきた彼女の幼い頃の服をアッシュが手馴れた手つきで着替えさせた。
少女の髪の色はやはり以前よりくすんだ紅に変わってしまっていた。
その原因を答えたのはジェイドだった。
曰く、力の使いすぎだと。
プラントはその強大な力の酷使による衰弱死の前兆として髪が黒く染まっていく。(この時点で騒ぎ出したアッシュの横っ面をジェイドは遠慮なく張り飛ばした。「五月蝿い羽虫がいるようですねえ」)
最初は本来の色が少しずつ暗い色合いになる程度だが、酷使し続ければやがて髪の色は漆黒に染まり、そしてそうなってしまったプラントは枯れるのではなく、腐り落ちるのだと。「枯れる」時とは違い、腐り落ちたそれは触れたものを巻き込み、大地に、草木に、生物に、全てに腐敗を撒き散らして朽ちていく。疫病より厄介なのだと。
しかし今のルークの髪の色を見る限り、今後あの力を使わなければ問題は無い、「黒髪化」は進行しないだろう、と。
そこに至って漸くアッシュの思考は外れた箍が填めなおされ、ルーク以外の話題を理解するようになった。




ティアが会議室に飛び込んできたのは、アッシュたちがテオドーロからタルタロスの打ち上げ許可を得た時だった。
「ルークが目を覚ましたのだけど…様子がおかしいの。起きてはいるんだけど…呼びかけても反応が無いの」
ルークが目を覚ました、の時点ではまだアッシュの理性は保たれていた。しかし続いた言葉が終わるが早いか、理性も知性も吹っ飛び、会議室を飛び出していってしまった。
物凄いスピードで駆けて行くアッシュをティアが慌てて追いかける。
それに続いて意外にもジェイドが立ち上がった。
「万一の事も考えられますから、私も行きましょう。アニス、あなたたちは先に準備を整えてタルタロスに乗り込んでいて下さい」
ジェイドが悠々と歩いてティアの家に向かうと、意外にも室内はしんとしていた。
ティアの部屋に上がると、呆然と立ち尽くすアッシュと戸惑いに顔を染めたティアがある一点を見ていた。ベッドの上で身を起こしているルークだ。
「これはこれは…」
ジェイドも思わず瞠目して呟いた。
きょとんとして三人を見上げているルーク。
その髪は元通りの焔色を取り戻しており、小首を傾げる仕草に沿ってさらりと揺れる。
しかし三人が驚いたのはそれだけが原因ではなかった。
「『育って』ますね」
そう、今まで十歳くらいの少女だったルークが明らかに身長が伸び、顔立ちも僅かに大人びている。十五歳、とまでは言わないが、十二、十三歳くらいの子供がこれくらいではないだろうか、という姿をしている。
纏うティアの古着も、着せた時は多少袖や裾が余るくらいだったのが今ではぴったり納まっていた。
「大佐…これは一体…」
「ふむ…ルーク、ちょっと失礼しますよ」
ジェイドはルークに近づくと一言断りを入れて脈を取る。瞳孔、口腔内を覗き込み、なにやら頷きながら骨格を確かめるように細い腕を上から下に緩く握っていく。
「ティア、ルークの異変に気付いたのはいつです」
「は、はい、ルークが目を覚ましてすぐです。目は開けたのですが呼びかけても反応がなく、瞬き以外の身動きは全くしませんでした。なのでアッシュを呼びに行ったのですが…」
「どうやらティアが出ている間に急速に『育った』ようですね。プランツ及びプラントの成長は空気中の音素を取り込むことで行います。髪色に関しても恐らくその際に余分に音素を取り込むことによって『黒髪化』の回復を図った結果でしょう。プラントはプランツと違って多少の事なら自己回復できますから」
「じゃあ、ルークは…」
「精密検査をしてみないことにははっきりとした事は言えませんが、まあ特にこれといった問題は無いと見て良いでしょう。『育った』事を除けば、ですが…アッシュ」
「…はっ?!何だ?!」
「今度は叩く前に正気に戻りましたね、結構。ルークは過去に『育った』経験がありますね?」
ジェイドの問いかけにアッシュはぎょっとして目を見開いた。
「な、何故それを…」
「プランツに詳しい者なら分かることですよ。さあ、ルークの意識も戻ったことですし、詳しい説明はタルタロスの中でしましょう」






***
ジェイド、アッシュを叩くの巻。(爆)
しかも掌じゃなくて手の甲です。ホント目の前を飛んでいた羽虫を追い払うような感じですぱーんと。ジェイドはアッシュに対しては言葉で言ってやるほどの価値も無い、と思ってるようです。にこ。






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