いつわりの花園






翌朝、ガイたちが朝食を終えた頃になってアッシュが天の岩戸が如き部屋から出てきた。
一睡もしていないのだろう、その眼は微かに充血してぎらぎらと光り、その眼の下には隈が浮かんでいる。(横にすらなっていないようだ)眉間の皺もいつもの倍は多く深く刻まれているのではないのだろうか。
ともかく、子供が見たら泣き出すことは間違いなかった。
「おや、思ったより早かったですね」
にこやかにそう声をかけるのは、食後のコーヒーをのんびりと啜るジェイドだ。
その隣ではミルクを飲むのを中断してそわそわしているルーク。
ちら、とジェイドを見上げても彼は素知らぬふりでコーヒーを啜っている。
昨夜、部屋に引き籠ってしまったアッシュを追いかけようとするのを引き止めたのが彼だったからだ。(「ルーク、アッシュはちょっと一人で考えることがありますので今夜はティアたちと寝てくださいねー。邪魔しちゃ駄目ですよ?(にっこり)」)
まだアッシュにおはようを言ってない。早く飛び付きたい。でもジェイドは邪魔するなって言った。
うずうずしながらアッシュを窺っていると、ナタリアに勧められるがままに座ったアッシュの視線がルークを捕らえた。
ぱっと喜色を浮かべるルーク。しかし。
「……」
ふいっと逸らされる視線。
ルークは一瞬、何が起こったのかわからなかった。
翡翠の瞳をまん丸にしてアッシュを見る。
アッシュが視線を逸らすなんて事は良くあることだ。けれど、こんな風に逸らしたりしない。
こんな…拒絶を滲ませて逸らしたりはしなかった。
なんで?



カツン、カツツン、カツ…
何かがテーブルを転がる音にアッシュや他の者たちは視線を音源へと向けてぎょっとした。
「る、るーく?!」
アッシュが、いや、ジェイド以外の全員が慌てて立ち上がる。

ルークはぽかんとアッシュを見たまま、泣いていた。

その瞳から零れ落ちた雫は真円を描き、形を崩す事無くテーブルを転がる。
「どどどどーしちゃったのルーク?!」
「ルーク!どうした、何があった?!」
一人声も出ずテンパっていたアッシュは、無意識にというか咄嗟にというか、テーブル越しにルークをひょいと抱えあげた。(それほどにルークは軽い)
そのまま抱き寄せ、泣くな、と囁く。
ぎゅう、とルークの手がアッシュの服を掴む。アッシュは胸元にぐしぐしと押し当てられる頭を撫でながらも思考をフル回転させる。
そして導き出された答えに、アッシュは心を鷲掴みにされたような気がした。
「…悪かった」
そんなつもりじゃ、なかったのだ。
ただ、気恥ずかしかったのだ。気まずかっただけなのだ。
「お前が悪いんじゃねえよ…悪いのは、俺だ…」
「そうですよ〜ルーク。アッシュは恥ずかしかっただけですから」
空気を読もうともしない軽い声。色々台無しだ。
「…あっしゅ」
ジェイドを睨みつけていると、腕の中で声がした。
哀しみに潤んだ瞳でルークが見上げている。
「おれのこと、きらい…?」
「そんなわけ、ねえだろ…」
この少女を嫌うなど、誰が出来ようか。
「少し、疲れていただけだ…悪かった」
すると再び軽い声が二人の頭上を飛び交った。
「うわ〜ルークの涙すっごいキレー!」
「結晶化してるのかしら?」
「もしかしてこれが『天国の涙』ではございませんこと?」
「ええ?!『天国の涙』ってアレでしょ!?一粒で一年はヨユーで遊んで暮らせるってゆー宝石でしょ?!」
「ええ、『天国の涙』はプランツの涙が結晶化したものですから希少価値なんですよ」
「それがひぃふぅみ…な、七つも…!!」
「わたくし、以前にも一度拝見させていただいたことがあるのですが、その時のものは水色でしたわ」
「色はその時見ていた色や印象に残った色を写し取りますから、今回はアッシュの髪の色を写し取ったんでしょう。因みに真紅の『天国の涙』は更に希少価値がありますから、これだけあれば十数年は遊んで暮らせますよ」
「はうあっ!一粒!一粒だけでも良いから貰っちゃダメかな?!」
「そうですね、折角七粒あるのですから一人一つ戴いてはいかがです?『天国の涙』には譜力をアップさせる効力もありますから、身につけて損はありませんよ。ただし、余り人目に付かないようにしてくださいね。金に眼がくらむ輩も少なくありませんから」
物の見事に当事者を無視して会話を進めている彼らに毒気を抜かれたのか、アッシュががくりと脱力し、ルークもくすくすと笑っていた。






***
色々と困った。というか収拾がつかなくて困った。
放置プレイの方向で。orz






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