いつわりの花園






「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」
アッシュのマルクト皇帝に対する第一印象は、「軽い」この一言に尽きた。
よくもまあこんな砕けた男が皇帝なぞ務まるものだ、とは思うものの、現在のマルクト皇帝に対する評価は上々だと聞いている。
良く言えば「気さくで人当たりが良い」のだろう。
アッシュは話の合間合間に、ピオニーがこちらを可笑しそうに見ているのに気付いていた。否、性格には、自分の後ろに隠れるように(というよりはアッシュが隠すようにして)立っている少女を見ていた。
自分たちがここへ来るまでにジェイドがどんな風にルークの事を報告したのかは分からないが、少なくとも悪意を持ってのものではない事は分かった。
「よし、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」
ピオニーが王座から立ち上がり、アッシュたちも退出しようとしたとき、不意に声が上がった。
「ピオニーへぇか?」
ルークだ。アッシュを始めとする何人かが思わず目を見開いた。ルークがアッシュやディスと以外に自分から話しかけたのはこれが初めてだったからだ。
しかしそんなことを知るはずも無い皇帝は「ん?どうした」と気安く返している。
「ながい名前だね」
「ルーク、『陛下』は名前じゃありませんよ」
ジェイドの指摘にきょとんと小首を傾げる。
「名前じゃねえの?」
「あのね、この国で一番エライ人だから『陛下』って付けるんだよ〜」
「じゃあ、ピオニー?」
皇帝を呼び捨てにした少女に場に居た殆どがぎょっとした。しかし当の皇帝は「フルネームはもっと長いぞ」とからから笑う。
「ピオニー・ウパラ・マルクト9世だ。どうだ、長いだろ」
「胸張って言うような事でもありませんがね」
「ホント、お前は可愛くないなあ」
「ありがとうございます」
ピオニーとジェイドが軽口を交わす間もルークはじっとピオニーを見上げていたが、やがてくしゃりと哀しげな表情で俯いた。
「…おれ、ルークだけ…」
どうやら長い名前が羨ましいらしい。
「そうか、ルークは長い名前がいいのか。よし、なら俺と結婚するか!」
びしりと音を立ててアッシュが固まった。
「へーいーか(はぁと)」
ジェイドのにこやかな(しかし纏うものは冷たい)笑顔もピオニーには効かない。そして少女にも。
「ケッコンてなに?」
その一言に我に帰ったアッシュが、がしっとルークの細い肩を掴んだ。
「お前はまだ知らなくて良い!っつーか長い名前が良いなら俺のをやる!お前の名前は『ルーク・フォン・ファブレ』だ!どうだ長いだろう!!」
必死な色が見え隠れするのはご愛嬌ということで。
「るーく・ふぉん・ふぁぶれ…」
ルークは与えられたそれを口の中で何度も反芻し、やがてにこりと笑った。
「俺も名前いっぱい!ピオニーといっしょ!」
変化は、確実に訪れていた。








その夜は皇帝の計らいで宮殿の客室で休ませてもらうことになった。
アッシュとしては街の宿屋で十分だと思っていたのだが、アニスを始めとする数人がさっさと話を進めてしまったのだ。
部屋は一人一部屋だったのだが、ルークは当然アッシュと一緒を希望した。
そして二人は久しぶりの広いベッドで寄り添って眠りに着いた。

はずなのだが。

翌朝、アッシュは花の香りに呼び寄せられるように目を覚ました。
ああ、これはルークの香りだ。甘い、花の…。
ぼんやりとそんなことを思いながら薄く眼を開ける。カーテンの隙間から差し込む朝日を眺めながらもふと腕の中の存在に違和感を覚えた。
「……?」
寝ぼけ眼で腕の中のそれを見下ろすと、己より明るい焔色がアッシュの胸元に寄り添って眠っている。これはいつもの光景だ。
しかし何かがおかしい。
そう、自分の体に密着しているルークの体。それがいつもと違う。それは漠然としていてハッキリとした違いはわからない。
アッシュは訝しみながらそっとシーツを捲り……固まった。





「これはまた…なんとも」
さすがのジェイドも、驚きの色を隠せないようだった。
早朝から騒々しく部屋に押しかけてきたアッシュに問答無用で連れてこられたのは、彼とルークに宛がわれた部屋。
ベッドの上にはきょとんとしているルーク。
アッシュが顔を赤くし、ルークをシーツで隠そうとするのをジェイドが止める。
「成長、してますね」
片手でアッシュを押さえ込みながら、しみじみと男はそう呟いた。
ルークは再び、いや、三度成長していた。
年の頃はアッシュと同じくらいで、今まで子供子供していた肢体もしなやかに伸び、女性の柔らかさを醸し出している。
当然、纏っているのは昨夜寝る時と同じネグリジェなのだが、突然の成長に抗議するかのように胸元は張り詰め、膝下まであったはずのフリルのあしらわれた裾は腿を露にしつつもギリギリのラインを保っている。
はっきり言って、艶かしい。
「しかも『大人』になってしまったようです」
「『大人』、だと?」
次第に落ち着きを取り戻してきたアッシュを解放し、ジェイドは考え込む。
「ふむ…いや、しかし…」
「…何か拙い事でもあるのか」
「いえ、拙いというか…そうですね、貴方にとっては『拙い』かもしれません」
それは何だ、と問い詰めるアッシュに、男は平然と告げた。
「ルークは『伴侶』を決めてしまったようです」




守ると決めた。
いつかその時が訪れても、自分があの少女を守る事に変わりは無いと。
ただ、場所が変わるだけなのだと。
傍らに立つのは己ではなく、他の者で。
自分は一歩後ろから少女を守るのだと。
己があの少女を大切に思う気持ちも、愛おしいという想いも、何も変わらないのだ。
だからいつかその時が訪れたなら、その小さな手を自由にしてやろうと。
誓った

だが。



いくらなんでも早すぎだろうコンチキショウ。




「詳しい話は後です。とりあえずルークの服をどうにかしないといけませんね。サイズの事もありますし女性陣に意見を求めることにしましょう。アッシュ、聞いていますか」
「あ、ああ…」
さっさと部屋を出て行くジェイドとその後をふらふらと続くアッシュ。
その後姿を見送ったルークはぽつんと一人取り残されることとなった。
「……」
ほんの数秒、アッシュを待つ素振りを見せたが、結局それは不発に終わったらしくもそもそとベッドから降りて扉へと向かった。
アッシュは何処へ言ってしまったんだろう?
まだおはようも言ってないのに。
扉を開け、そこから顔だけをひょこっと覗かせてみる。
しかし右を見ても左を見ても求める姿は無い。そしてルークは他のメンバーが何処に泊まっているのかを知らない。
実際はすぐ隣に並んでいるのだが、そんな事を知る由もないルークはぴょこん、と見えない境界線を飛び越えるように廊下へと出た。
てってってっと大理石の上を裸の足が軽やかに駆けて行く。
とある部屋の両脇を固めていた兵士たちがぎょっと目をむいてルークを見る。けれどルークがそれを気にすることは無い。
「!」
手すりから乗り出して階下を見る。
何人もの軍人や護衛に囲まれたその人は。
「ピオニーへーか!」
階下の者たちが声に気付いて視線を上げ、一人を除いてぎょっとするか真っ赤になるかの反応を示した。
「よう、ルーク。イイ格好だな」
一人平然と笑って手を振り返すのはこの宮殿の主。
ちなみに彼の視点から見上げるルークの姿は、裾の短くなったネグリジェの中身が丸見えである。
「ピオニーへーか!」
更にルークは呼び募るとがっと手すりに片脚を掛け、惜しげもなくその脚線美とその付け根に到るまでを曝して一気に飛び上がった。
つまり、飛び降りたのだ。
わ、と声が上がる中、ピオニーは平然と落下してくるルークを受け止めた。
「よっ…って軽いなルークは!」
「でも俺おっきくなったよ!」
得意げに笑うルークの姿は確かに昨日とは格段に違っている。
少女の域を完全に出ていなかったその姿とは打って変わり、顔つきは勿論、四肢はすらりと伸び、胸はその存在を主張し、掴んだ腰はきゅっと引き締まっている。
しかし少女のあどけなさはしっかりと残したまま、ルークは女性となっていた。
「確かにイイ感じに出て締まったなあ」
露骨に上から下まで眺めてもルークは嫌がる所か、嬉しそうに笑っている。
「ピオニーへーか、好き?」
「おお、前のちっこいのもイイがこっちもモロ俺好み。でかしたルーク!しかしその格好はどうにかせんといかんなあ…よし、アスラン!」
「は、はい?!」
真っ赤になって口元を手で押さえている青年が慌てて姿勢を正す。
「女官を呼んで来い。会議の時間まで俺はルークで遊ぶぞ」
ルークと、ではなくルークで、と言う所が彼が彼足る所以なのだろう。
「ちょ、陛下?!」
慌てる部下を尻目に、皇帝はさっさとルークの手を引いて自室へと引き返していってしまった。









***
パンチラルークが書きたかった。(爆)
惜しむらくはアスランを殆ど出せなかったこと。本当なら平然とセクハラ陛下に真っ赤になりつつ突っ込みいれる役をやらせたかったんだが…無理でした。orz
ここのルークの身長はアッシュより低いです。乳はナタリア以上ティア以下。
プランツではカースロットイベントはありません。シンクをそろそろ出さないとと思ってはいるものの、出す場所が無い。うーん、立場的には一応キーキャラなんですが…もう少し後で良いか。(爆)






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