いつわりの花園





正直な話、アッシュはそれまで「プランツ」イコール人型の植物という認識しかなく、つまりは窓辺に座らせてミルクだけ飲ませておけば十分、という鉢植えの花に対する認識程度しかなかった。寧ろ自己主張をしないだけ鉢植えの花の方がマシだとすら思っていた。
だからプランツの部屋の前に白光騎士団が控えているのを見たときは「たかが植物一つに大仰なことだ」と嗤ったものだった。
プランツの部屋は中庭を挟んでアッシュの自室の向かい側に建てられている。
敬礼をする騎士にプランツの所在を問えば案の定部屋の中に居るという。
ノックも無しに扉を開けると少し進んだところにもう一つ扉があった。そこにも扉の両脇を固める騎士の姿。しかもご丁寧に閂が下ろされていた。
その厳重さに嘲笑を通り越して呆れてくる。
「あ、アッシュ様…今はお入りになられない方が…」
恐る恐るといった騎士の一人の声に訝しげな顔を向ける。と同時に。

ガシャーン!!

「?」
室内から盛大な音を立てて何かが割れる音がし、思わず騎士の一人が溜息を漏らして慌てて引っ込めた。
「何なんだ?」
アッシュの代わりにガイが騎士に問いかける。すると同じ雇われ者同士だからか、騎士が「毎度のことですよ」と肩を竦めた。
「ルーク様が、その、ミルクの時間のたびに暴れまして…」
ちらり、と冑越しに二対の視線がアッシュへと向き、ガイが「ああ」と得たり顔でにやつく。
「プランツは基本的に主人以外からの施しを嫌うらしいからなあ」
「最近はまだマシになったのですが…」
お入りになられますか?と問われ、今更引き返すのも癪なアッシュが開けるよう促すと静かに閂が上げられ、扉が開かれた。

「アッシュ様!それにガイまで!」

中に居たメイドが驚きの声を上げてアッシュとガイを迎え入れた。
「あーこりゃまた…」
メイドに軽く手を上げて応えながらガイは苦笑する。
暖色系で纏められた穏やかな雰囲気をかもし出した室内。
その中央のローテーブルには先ほどの音源らしい三段のティースタンドが倒れており、そこを中心に盛り付けられていたはずの菓子とトレイがぶちまけられている。
ミルクの注がれたティーカップは死守したのか偶々被害を免れたのか、メイドの手の中に納まっていた。
「ルークは…アレ、か?」
ガイの苦笑交じりの声に彼の視線を追えば、部屋の隅にこんもりと盛り上がったシーツの塊。
ガイの言葉にメイドはハッとし、カップをテーブルに置いて足早にその塊へと駆け寄った。
「ルーク様、ルーク様」
メイドが塊の傍らに膝を着き、そっと声をかけるがシーツの塊は反応しない。
「ルーク様、アッシュ様がいらっしゃいましキャッ!」
ばさっと勢いよくシーツが舞い上がり、中から焔色の髪をした少女が現れた。
「お、ホントにお前そっくりだなあ」
またアッシュは怒るだろうか。そう思いながらも口にするが、しかしガイの言葉にアッシュは反応しない。
アッシュは苦々しげにその「少女」を見ていた。
少女の呆然とした翡翠の瞳は怯えの色がちらついており、それがとても腹立たしかった。
部屋に入ってすぐに気づいた。窓は少女の手の届かない高さに設けられ、格子は嵌っていなかったものの明らかな嵌め殺しの分厚いガラス窓。テーブルと天蓋付ベッド、そしてソファ。それ以外のものは殆どが暴れても被害の少ない布製。


これでは自分と同じではないか。


否、違う。
自分はまだ屋敷の中ならば自由に動くことができた。
しかしこの部屋は違う。二枚の扉の前には騎士が二人ずつ。内扉には閂。
少女がこの部屋を出なかったのではない。
例え出たくとも出られなかったのだ。
プランツには意思があれば自我もあるという。
ならばこの十日の間、少女は自分が何故ここに居るかもわからず、そして主人であるはずの少年が一向に姿を現さない理由もわからず、ただミルクを与えに来るメイドに怯えて暮らしていたのだろうか。

「……」
じっと何かを訴えるように、しかしそれが叶わないことを怯えるように見つめてくる少女に短く告げた。



「来い。…ルーク」



少女の瞳が大きく見開かれ、次の瞬間には少女はシーツの海から抜け出してアッシュの腕の中へと飛び込んでいた。
まさか飛び込んでくるとは思ってもみなかったアッシュが目を白黒させていると、少女は顔を泣きそうな色でくしゃくしゃにして小さな唇を動かした。



――あっしゅ…



声を紡ぐ筈の無い少女が自分を名を呼ぶのを、確かに聞いた気がした。










(続くっぽい)
***
アッシュ、あっさり陥落したっぽい。(爆)
プランツについては色々捏造・変更してます。
ガイはいわゆる「波長の合う人」設定。ルークに対してのみですが。






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