いつわりの花園






アッシュたちがベルケンドでティアの体内に蓄積された瘴気について話し合っている頃、マルクト皇帝はむせ返るような花の香りの中で目を覚ました。
「………」
ぼうっとしていたピオニーは数秒後、漸く覚醒する。
腕の中の温もり。
それが濃厚な香りの発生源だったが、既に香りの飽和状態となった室内ではさして変わりは無かった。
いい加減、鼻がバカになるかもしれん。
そんな事を思いながらも彼はそうっと身を起こした。
ぎしり、とベッドの軋む音にすら気を払いながら起き上がると、彼の肩からシーツが滑り落ち、褐色の肌を曝した。
頭を掻きながらここ数時間の事を反芻する。



――あの子を、私の元へ……



神々しいまでの光を放ち、しかし虚ろな瞳でそう告げた後、ルークは暫くの間意識を失っていた。
ピオニーはすぐさまその日の予定を全て明日に回すよう無理を承知で臣下に伝え、マルクト唯一のプランツ・ドール店の「名人」を呼びつけた。
しかしただでさえ未知数な「プラント」であり、加えてアッシュという人間の「ミミック・プランツ」であり、更には第七音素の集合体でもあるルークをいくら「名人」といえどもその状態を図り知ることは出来なかった。
彼女の状態を説明してくれるであろう親友は重要な任務の真っ最中であったし、彼女を生み出したもう一人の幼馴染は何処にいるのかすら見当もつかない。
ピオニーはただ己のベッドで静かに意識を閉ざし続ける少女の手を握っているしかなかった。
しかしそれから暫くして、ルークは目を覚ました。
気を失う直前のことも覚えているのか、何かに怯えたようにピオニーの胸にすがり付いて何度も訴えた。
いやだ、と。
いきたくない、と。
何が、と問えば己と同じ存在が己を呼んでいるのだと言う。
会いに行きたい。
自由にしてあげたい。
けれど一緒に行くのは嫌だと言う。
どうやらローレライが彼女を呼び、彼女もそれに応えようとしている。しかし、ローレライはそのまま彼女を連れて空へ行きたいと願っているという。
ななつめのそらになりたいんだって、と少女は言った。
それは恐らく、第七の音譜帯となることをローレライは願っているのだ、とピオニーは察した。
そしてそこへ行くにはルークの力が必要であり、尚且つ、己が解放され、空に上る際にはルークも連れて行きたいのだと。
ルークはそれを嫌がった。
会いたい、自由にしてあげたい。


でもそらになりたくない。



ピオニーといっしょにいたい。



ならばここにいろ、とピオニーは彼女の細い腕を掴んで言った。
お前はずっとここに居るんだ。この俺の傍に。
でもこのままじゃそらにつれていかれちゃう。
いかせやしない、お前を空に還らせはしない。
でもあいにいったらいっしょになってはなれなれなくなっちゃう。

だから、…ぃをちょうだい。

ああ、くれてやる。
違う存在になれ、俺のものになれ。
俺をくれてやる。
だからお前をよこせ。
ローレライなんぞにお前はくれてやらん。

そこから先は、覚えていない。
本当に記憶に無いのだ。
ただむせ返るほどの花の匂いと、赤と白と金の光の渦。
時折エメラルドの輝きが掠めたような気もするがよく分からない。
記憶がはっきりとしない。
けれど間違いない。
自分はこの少女を抱いた。
ピオニーは傍らですよすよと寝息を立てる少女を見下ろし、露わになっているその肩までシーツを引き上げてやった。
自分がどんな風にこの子を抱いたのか、この子がどんな風に自分に抱かれたのか、全く記憶に無いのはとてつもなく惜しいのだが、今はこれで良しとするかとも思う。
もう一つだけ、確実にわかっている事があるのだ。

この子は俺の子を孕んだ。

そう、確実にこの少女としか思えぬ存在は「女」となり「母」となったのだ。
プランツ・ドールに生殖器は無い。
プラントにはそれがある。
人と同じだったかは記憶に無いが、その存在と交わったピオニーには、まるで最初から知っていたように理解できた。

この子は俺の子を産む。

ならば自分がやるべきことは決まっている。
彼女を皇后とするべく手を打たなくてはならない。
まずはプランツ・ドールに関しての法を革めなくてはならない。
「育った」プランツ・ドールと添い遂げるものは少なくない。
しかしプランツはあくまで植物であり、戸籍を持たない。
そのためにプランツと籍を入れたいとするものは、まずは「育ったプランツ・ドール」という証明を「名人」に発行して貰い、次に役所で戸籍を作ってもらう。
その上で籍を入れるのだが、その場合、そのプランツの戸籍は申請した夫に対してのみ有効であり、何かしらの理由でプランツを手放すことになった場合は戸籍は剥奪される。(大抵はそうなった時点で枯れてしまうが)
そういった最低限のものしかなく、無論、「プラント」に関しての項目は無く、実例の報告も無い。
それらをまず一新し、プランツ・ドール並びにプラントに対する位置づけを確かなものとし、ルークの立場を確立させなくてはならない。
まずはそこからはじめなくては、と思い至った所で擦り寄る感触にピオニーは我に返った。
「…んむ…?」
今まで己を抱きしめていた温もりが無くなり、肌寒くなったのか、ルークがもそもそとピオニーの腰に縋り付いて来たのだ。
「……ぅ……」
ピオニーは微笑み、縋りついて来るその腕を取ると、再び横になって細い裸体を抱え込んだ。
「…ん……」
すると安心したのか、ピオニーの首筋に顔を摺り寄せたルークは再び眠りの底へと落ちていった。
考えるのはもう少し後で良い。
今はもう一度、この温もりの中で安らぐことにしよう。
緋色の髪に頬を寄せ、ピオニーも目を閉じた。







***
ティアが大変なときにこいつらは。編。(爆)
ちなみにキムラスカではプランツの籍を作ったりすることはできません。プランツに無関心というか、あくまで植物としか見てません。なのでバチカルのプランツ店の名人たちはちょっぴり切ない日々を送っております。(爆)






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