11:好きだ、嫌いだ。愛してる、愛してない。
(阿含、雲水/アイシールド21)





片付けの最中、ふと雲水は動きを止めた。
「雲水さん?」
じっと空を見上げる雲水に一休が声をかける。
「いや…雨が、降りそうだと思ってな」
「雨、ですか?」
次いで一休も空を見上げる。夕闇に染まった空は、これといって雨雲を呼びそうな気配は無い。
確か天気予報でも降水確率は低かったはずだ。
雲水もそれを分かっているのか、「気にするな」と苦笑を向けた。



その夜、自室でアメフト雑誌を読んでいた一休は窓の外から聞こえる音に顔を上げた。
「…雨?」
がばっと身を起こし、窓辺に駆け寄る。
窓を開ければ、然程強くは無いものの、漆黒の夜空から降り注ぐ雨。
「一休?」
ルームメイトの訝しげな声にはっとして振り返る。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、ただ雨降るなんて天気予報で言ってなかったし…」
肩を竦めて窓を閉めるとルームメイトは「明日には止むだろ」と再び読んでいた雑誌へと視線を戻してしまった。
一休も自分のベッドに戻りながら夕方の雲水を思い出す。

――雨が、降りそうだと思ってな…

雲水は時折、『そういう』時があった。
一休は雲水を敬愛していると同時に邪な想いすら抱いてしまうほど雲水を想っている。
だから出来うる限り彼の傍に居たいと思うし、そう行動してきた。
その時間の中で、彼は時折そういう仕種を見せた。
今日の事もだが、何より彼がそれを覗かせるのは彼の弟、金剛阿含に対してである。
彼が帰ってくると真っ先に気付き、迎えにいく。
彼が何処に居ても探し出してくる。
始めの頃は、生まれた時から共に在った彼らなのだから、お互いのパターンを知り尽くしているのだろう、そう思っていた。
実際、そういうのもあるのだろう。
しかし、それだけでは説明できないような気がするのだ。
理由なんてとうに考えるのを止めた。
考えたって分からない事だってあるのだ。
金剛雲水。
彼が、その最たる人なのだ。




物心がついた頃には、兄のそれを自分は知っていた。
幼い頃、二人で外で遊んでいると、不意に雲水が空を見上げて「かえろうか、あごん」と言うのだ。
遊び足りないと文句を言うと、兄は「あめがふるよ」とだから帰ろうと阿含を説得するのだ。
彼がそう言って阿含を連れ帰った時は、決まって本当に雨が降った。
昔は何故それが兄に分かるのか、そして何故自分には分からないのかが不思議で、不満で。
なんでうんすいはわかるのにおれにはわかんないの?
兄も首を傾げるだけでよくわからないようだった。
けれどそれ以来、雲水は「あめがふるからかえろう」とは言わなくなった。
けれど雲水が時折空を見上げている姿を見ると、阿含はそれを思い出して雲水に言うのだ。
もう帰ろう、と。
言い出す側が入れ替わってしまったけれど、それからも二人が雨に濡れる事は滅多に無かった。
そしてもう一つ、こんな事があった。
まだ二人が小学校の頃、二人は当然違うクラスだった。
その日、雲水は教室で授業を受け、阿含は運動場で50メートル走を走っていたのだが、授業半ば、阿含は何かに躓いて派手にすっ転んで保健室へ行く羽目になった。
保健室で手当てを受けていると、雲水まで保健室にやってきたのだ。
雲水は体調不良だと言っていたが、阿含には兄が体調が悪いようには見えなかった。
寧ろ雲水は阿含の脚を気遣い、自分の事はどうでもよさそうだった。
あの当時は不可思議に思う程度だったが、今なら分かるような気もする。
もしかしたら雲水は、阿含が怪我をしたことを何かしらで気付いたのではないだろうかと。
始めは教室の窓から見ていたのでは、とも思ったのだが、翌々考えてみればあの校舎は三棟あり、グラウンドを望めるのは第一棟だけなのだ。そしてその当時、雲水が居たのは第三棟。阿含どころかグラウンドすら碌に見えはしない。
そしてやはり阿含はひどく悔しく思うのだ。
自分に何かあった時、雲水はすぐに察して駆けつけてくれるだろう。
しかし自分は?
これまでに自分の知らない所で雲水が怪我をしたことは何度かあった。しかし自分は何も気付けなかった。
雲水に何かあった時、真っ先に駆けつけることも出来ないなんて。
それがひどく、悔しかった。
しかし年を重ね、雲水と自分の身体能力の差に気付いた時、阿含は漸く納得した。
雲水は内面的な力を、そして自分が肉体的な力を持って生まれてきたのだと。
ああ、雲水。
やはり自分たちはひとつから生まれた存在なのだ。



それは恐らく、生まれた時からあったのだと思う。
一番古い記憶の中での自分は、既にそれを当たり前に受け入れていた。
それが普通とは違うのだということに早い時期に気付くことができたのは幸いだったのかもしれない。
だから阿含以外、それを知る者はいない。
そしてその阿含ですら、それの全てを知っているわけではない。
自分自身、これが何処までのものなのかを知り得ないのだから当然と言えばそうなのだろうけれど。
例えば、天気の移り変わり。空の表情、とでも言うのだろうか、それを見ることができた。あの表情になると雨が降る、とか、今日はずっと晴れだ、とか。
例えば、通りすがりの野良猫や木々で羽を休める鳥たちの声…ではなく、感情、のようなものがそよ風のように身体を擽る事もある。
例えば、姿が見えなくても阿含が近くに居るとそれを感じることが出来た。
例えば、阿含が怪我をしたり、自分を強く呼んでいたりするとその声…漠然としたものだが…が聞こえた。
何と言えばいいのだろう、自分にとって、この世界はとても動きにくい世界だと思う。
空気が濃いというか、纏わりつくような。
そう感じるのは自分のこの感応力、とでもいうのだろうか、それによるプレッシャーなのかもしれないが。
阿含は、自分の双子の弟は、そういったものは全く感じないようだった。
寧ろ全て跳ね飛ばしているような、そんな感じだと思う。
阿含の傍らは、心地よい。
空気が軽くなる。
きっと、普通の人(と定義すると自分が異端であると認めてしまうような気がして嫌なのだが)はこの空気の中で生きているのだろう。
阿含と一緒に居る時だけ、自分の中のそれの柵から解き放たれるような気がするのだ。



宵闇が濃くなる頃、阿含は女と一緒に街並みを歩いていた。女の部屋に向かう途中だった。
しかし阿含はふと夜空を見上げ、星一つ無いその空に歩みを止めた。
「阿含?」
女の声を無視してじっと空を見上げ、それにつられて夜空を見上げた女が言った。
「雨、降るかしら」
いくら阿含や他の人間に雲水のようなそれが無くとも、曇っていればそれくらいは考える。
しかし本当に降るのかただ曇っているだけなのか、その判断は阿含には出来ない。
ならば。
「帰る」
「え?ちょっと、阿含…?!」
女の腕を振り払い、問答無用で歩き出す。
向かうは自分たちの部屋。
雲水がいるだろう、その部屋へ。


阿含の運が良かったのか、寮に辿り着くと同時に雨は降り出した。
「たーいま」
部屋に帰ると、雲水はベッドの上でぼうっとしていた。
「阿含」
阿含に気付いた雲水が視線だけで阿含を見上げる。
雲水は、雨に弱い。
その体調不良が彼だけに備わったそれに拠るものだということを阿含は知っている。
恐らく雨の降っている間は彼の体に纏わりつくものが重みを増すのだろう。阿含や他のものには多少の湿度の上昇にしか感じないことも、雲水には厄介なものなのだ。
とは言っても雲水自身は一度もそうだとは認めてくれず、疲れているだけだ、とか眠いだけだ、とか誤魔化しているけれど。
そして、それを振り払えるのは自分だということも阿含は確信している。
雲水が受け止める者なら、阿含は薙ぎ払う者なのだ。
阿含が傍に居るだけで、雲水の負担は少なくなる。
「な、雲水」
だから阿含は雨が降ると雲水の傍へと行く。
「…なんだ」
「一緒に寝ていい?」
素知らぬ顔で、雲水の傍に居る。
「……好きにしろ」
「好きにするさ」
雲水が少しでも楽になれるように。
「…狭い」
「それがイイんじゃねーか」
雲水が少しでも「阿含」を必要としてくれるように。
「おやすみ、雲水」
「…おやすみ、阿含」
雲水が永遠に自分の傍を、離れないように。










+−+◇+−+
サイトさんを巡っていると、結構阿含か雲水に何かしら霊感らしきものがあると言う設定のサイトさんを見かけます。やっぱり双子とか聞くとそういう設定が浮かぶモンなんですね。そして私も同じ穴の狢。(苦笑)
ウチの場合、雲水です。ウチの雲水は受信者なので阿含の強い感情とか、近くにいる時の気配とか、そういうのをなんとなく感じてしまう体質です。あとは天気の移り変わりとか。霊は…どうなんでしょうね。(爆)動物霊なら視えるんじゃないでしょうか。いや、霊と言うか残留思念か。動物も言葉は分からなくても喜怒哀楽くらいはわかるんじゃないんですかね。
とりあえず、某サイキック兄弟の弟のように「頭が痛いよ阿含…!」とかやるほど強くないです。(大笑)他の人よりほんの少し、そういう感覚が強い、その程度。…だと思う。(おーい?)
阿含は雲水の強い感情とかは分かりません。気配は動物的本能で察知。(笑)寧ろその纏う雰囲気と言うか、オーラみたいなものでそういうのは全部跳ね除けてそう。
あと、別に私の書く阿雲全てがこの設定ってわけじゃないのであしからず。
(2004/10/01/高槻桂)

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