12:愛しちゃいけない法律なんて無いでしょ?
(阿含、雲水/アイシールド21)





雲水と阿含は一卵性双生児だ。
即ち、世間が一般的に認知する「双子」の姿である。
酷似した顔立ち、体型、声、仕種。
翌々見てみれば、僅かに耳や鼻の形が違っていたりするのだが、それを知っていても咄嗟の見分けがつかない。
否、見分ける方法はあるのだ。
雲水と阿含、彼らの旋毛、瞼、利き手。
雲水の旋毛は右渦、阿含は左渦。
雲水の瞼はどちらかというと右目の方が二重がはっきりしている。阿含はというと左目の方が。
そして雲水は右利きで、阿含は左利き。
それらはまるで鏡に映したように左右対称なのだ。
それ以外で彼らを見分けることは親であっても困難で、何より、彼ら自身も曖昧なところがあった。
幼い頃、こういう事があった。
父親が雲水を呼んだところ、二人ともが返事をした。
では今度は阿含を呼んでみる。やはり二人ともが返事をする。
旋毛を見て判別した父親が、お前が雲水だな、と雲水を指差すと、二人はきょとんとして見合わせたという。
どっちでも同じなのに、と言わんばかりに。


少し、彼らの両親について話をしよう。
雲水と阿含の父親は、曹洞宗龍厳寺住職の息子であり、自身も副住職である。
その人なりはというと、一見温厚に見えるのだが、実は好戦的であり、聞き分けの無い息子その二(阿含)に叱咤と共に法衣姿で飛び蹴りを食らわしたこともある。
寺の勤めに加え、喧嘩の仲裁や相談承りも快く引き受けるので檀家での評判は良い。
母親の方はと言うと、龍厳寺の檀家の中でも最も住職と懇意にしている仙洞田家の娘として生を受けた。
彼女自身も一卵性双生児だった。
しかし彼女の半身は彼女らが三歳の頃、事故で死亡した。
彼女にとってのその突然の喪失は、今でも彼女の中に根強く残っている。
記憶自体は幼い頃のものであるから、片割れがどんな子供であったとか、そういうことは朧げだった。
しかし、彼女の中にははっきりと「空白になってしまった己の隣」が刻み込まれていた。
在るべきはずの存在がない空間。喪失感。
そのために彼女は双子に対して強い思い入れがあり、彼女自身が双子を、しかも一卵性双生児を授かったと知った時の喜びようは現しようがなかった。
生まれてきた子供たちは雲水、阿含と名付けられ、未熟児として生まれてきた二つの命は今度こそ健やかに育ち始めたのだ。
しかし彼女は先述したように「双子」に拘っていた。
揃いのベッド、揃いの玩具、揃いの服。
そして彼女は二人のことを「ふたごちゃん」と呼ぶことが多かった。
それは夫に注意され、名前でそれぞれ呼ぶようになったが、それでも二人纏めて呼ぶことは多かったし、二人を区別しようという思いは余り見受けられなかった。
雲水と阿含は小学校三年生まで同じクラスだった。
入園時、入学時、そのどちらの教師もお互いがお互いに依存しすぎないよう、自主性を育てるためにクラスを分けることを薦めた。
しかし母親は頑として首を縦に振らなかった。夫が薦めても同じことだった。
彼女の中には、自分は半身と引き裂かれてしまった、という思いがあり、それを息子たちに向けているようだった。
同じ造形をした二人が何やらお互いにしか分からないようなひそひそ話をしたり、独自の世界を創り上げていくのを目の当たりにすることによってその思いを慰めているようだった。
しかし雲水が教師に強く申し出ることによって、小学校四年から突然二人のクラスが別々になった。
少しずつ、雲水と阿含に差異が現れ始めた頃だった。


雲水は、己と同じ存在が傍らにあるのは当たり前のことだと思っていた。
同じ顔、同じ声、同じ掌、爪の形…。
しかし小学校に上がる頃には、全てが同じと思うことは雲水には出来なかった。
母は自分たちに揃いの服を着させることを好んだ。片割れと一緒に行動することを好んだ。
しかし、二人が何か粗相をしでかすと、雲水は必ず片割れよりひとつ多く小言を貰った。
「雲水はお兄ちゃんなんだから、阿含の面倒をちゃんとみてないと」
母は雲水と阿含に同じであることを望みながら、しかしその一方で雲水を「阿含の兄」として扱った。
双子を兄、弟とハッキリ区分するのは日本くらいなもので、普通は一緒に生まれてきた子供を兄、弟と呼び分けたりはしない。
しかし残念ながら雲水が居るのはその日本であり、ほんの数分早く取り上げられたというだけで「同じ」であることと、「兄」であることの矛盾した肩書きを背負わされた。
それが雲水に重く圧し掛かり、「同じ」であるために努力すること、「弟」の手を引く者となるべく自分を律すること、そして制することを覚えなくてはならなかった。

阿含は、己と同じ存在が傍らにあるのは当たり前のことだと思っている。
だから片割れとクラスが初めて分かれた時、あってはならないことが起きた様な気がした。
雲水より数分遅れて取り上げられた阿含は、日本式に言うのなら「弟」である。
阿含は雲水と違い、母の言葉に縛られることは無かった。
「弟」が、「兄」のような注意を受けることは無い。
「阿含は弟なんだから」
などと言われることは普通の兄弟であってもそうそう無いのだ。
そのため、阿含は自分を律し、制する術を学ばなかった。
ただ己の片割れがいてくれればそれで良かったのだ。


結果、二人の性格は真逆に伸びて行った。
雲水は物静かな、阿含は多動な子供へと育った。
そして小学三年の中ごろから雲水はなんとなく、感じ始めていた。
自分は、阿含より劣っているのではないだろうか。
阿含は勉強こそ真面目にやらなかったが、体育ではいつも雲水より僅かに速かった。
ある時、阿含の成績に見かねた父が言った。
良い点を取ったら新しいゲームソフトを買ってやる、と。
次のテストで阿含はほぼ満点を取った。
その時、雲水は確信した。
阿含は、自分より優れている。
しかしそんなことにも気付かず、ひたすら雲水と一緒に居たがる阿含。
初めて、阿含と一緒に居たくないと思った瞬間だった。
中学を卒業する頃にはその差は開いていて、雲水は劣等感を掻きたてられずにはいられなかった。


それに気付いたのは、中学にあがって暫くした頃だった。
雲水の様子がおかしい。
一見いつも通りなのに、抱きついたその身体は僅かに強張っているような気がするのだ。
いつからだ?
いつから、雲水はこうして背中を向けることが多くなった?
いつから、そうやって視線を伏せる癖を覚えた?
イライラした。
雲水がほんの少しでも自分の知らないことを覚えていくのに腹が立った。
だから髪を染めてみた。
耳に穴を開けてピアスを付けてみた。
煙草を吸ってみた。
女を抱いてみた。
雲水が知らないコト、たくさんしてみた。
それでも雲水は背中を向けたままだった。
雲水は阿含を真っ直ぐに見つめる。それでも逸らしてしまえばまた視線を伏せてしまう。
イライラした。
無性にイライラした。
腹の底からイライラした。


怖かったんだ。


雲水が離れていく。
雲水が離れていってしまう。
雲水はそれを止めようとしていない。
雲水は自分の意思で離れようとしている。
誰から。
誰から。
誰から。
お前は俺のきょうだいだろ。
俺はお前のきょうだいだろ。
なんでわかんねーんだよ。
お前は俺のものなんだよ。
俺はお前のものなんだよ。
一緒に居なくちゃなんねーんだよ。
なんでわかんねーんだよ。
俺はお前が居なくちゃダメなんだよ。
お前も俺が居なくちゃダメなんだよ。
なんでわかんねーんだよ。
なんでわかろうとしねーんだよ!
雲水ッ!!


怖かったんだ。


阿含が触れる。
阿含がひとつに戻ろうと触れてくる。
阿含はそれを当たり前の行為だと思っている。
阿含は自分の意思でひとつに戻ろうと触れている。
いけない。
いけない。
いけない。
お前は俺のきょうだいなんだ。
俺はお前のきょうだいなんだ。
何故わからない。
お前は俺ではない。
俺もお前ではない。
いつまでも共には居られないのだ。
何故わからない。
俺はお前と居ては駄目になる。
お前も俺と居ては駄目になる。
何故わからない。
何故わかろうとしない…!
阿含…!!







+−+◇+−+
阿含と雲水の分離不安、コンプレックス、共依存、母親のダブル・バインド、その辺を滲ませた話を書きたいなーということで出来上がったシロモノ。一応これの続きみたいなのもあるんだけど、いつになることやら。(爆)
(2004/10/26/高槻桂)

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