13:生きてて良かった・・・
(ホーク×一歩/はじめの一歩)




まずい、と感じたのはそれを理解した瞬間だった。
一歩の姿が見当たらない。
そう理解した瞬間、全身に緊張が走った。
脳が真綿で締め付けられるような感覚が走る。
背筋がふわりと生温いものに包まれる。気持ちが悪い。
両肩を見えない大きく不気味な手が包み込む。捕らえられた。
きしり、と軋む脳。
それは一度ではなく二度、三度と繰り返し、回を増すごとに酷くなっていく。
あと一回、それが繰り返されたらきっと自分は意識を失うのではないだろうか。
なのに、それをあと一回、あと一回、と延々とギリギリの線を彷徨わされる。
視線が定まらない。
視界が揺れているだけなのか身体全体が震えているのか分からない。
彼は何処へ行ったのか。
足を踏み出すことすら恐ろしい。
しかしここに彼は居ない。
数歩前へと進む。
エスカレーターが見える。
下へ行ってしまったのだろうか?
しかし勝手に下へ行ってしまって余計に離れてしまったら?
きっと彼は自分を探している。
見つけてくれる。
だから耐えろ、耐えるんだ。

ああ、そうか。

唐突にホークは理解した。
この脳を真綿で締め付けているのは。
神だ。
神が自分を嘲笑っているのだ。
その証拠に背筋が先ほどからずっとざわざわしている。
ほらみろ、神が嘲笑う吐息が吹きかかっているのだ。
何せ神はオレの背後で動けぬよう大いなる手でこの肩を押さえつけているのだから。

思い知ったかホーク!
この世界はこれほどまでに広大だ!
お前一人がどれほど拳を振るおうとわたしには届かないのだ!

操られるようにベンチに座り込む。
背後から神に頭を押さえつけられる。
首を垂れよ、懺悔せよ。
お前は違うのだ。
お前ではないのだ。
世界を知るのはお前ではない。
その証拠にお前は引き摺り下ろされた。
身を弁えぬ場所に座ろうとするからだ。
周りを見よ、お前を見るは敬うものか。
周りを聞け、お前を囁くは讃えるものか。
否、否。
お前を見るは貫く弾丸。
お前を囁くは切り裂く刃。

わたしが許したのはお前ではない!



「ホークさん!!」



光が、切り裂かれた。
後頭部を、肩を押さえつけていた圧力が消える。
顔を上げれば、彼が泣きそうな顔で自分を見ていた。
聞いていたのだろうか。
自分が神に断罪される声を。
それほどまでに彼の表情は悲壮を帯びていて、けれど安堵が入り混じっていた。
ごめんなさい、と彼の母国語で謝られながら合わせた拳を握られる。
いつの間に、こんな、祈るように、拳を。
「ごめんなさいホークさん!大丈夫ですか?気分、悪いですか?」
暖かい掌。
見慣れた顔が造る、人を思いやる表情。
その声を聞いているうちに震えが治まっていく。
緊張が解れていく。
『ゴメンナサイ、ボクガ悪イ、ゴメンナサイ』
拙い英語で謝罪を繰り返す彼の手を、逆に握り返した。
「……っ……」
どうして、と怒りが込み上げて来る。
どうして傍を離れたんだ。
どうして傍に居てくれなかったんだ。
同時に、安堵する。
よかった、と。
彼が居てくれてよかった。
見つけてくれてよかった。
ごめんなさい、と繰り返す彼に搾り出すように漸く言葉を紡いだ。

『帰りたい』

何処へ、なんて決まっている。
彼と、彼の母親と、白い犬。
そして時たま見かける若い従業員の男。
何より、あの、神さえ立ち入ることの出来ない空間へ。

「はい…家に、帰りましょう、ホークさん」

差し伸べてくれる手がある。
導いてくれる手がある。
それだけでいい。
世界など、もう要らない。
神よ、この手が小さなものだと言うのなら認めよう。
あの男のように、世界を掴み続けられるほど大きなものではないと認めよう。
この手は、たった一つだけ掴めれば良い。


この暖かい存在を、掴めるだけで良いのだ。








***
ホーク視点。
ホークの精神状態はパニック障害の発作に襲われたときの自分の体験を基に書いてますが、余り上手く表現できてないです。しょぼん。
ホークも一応アメリカンなので事ある毎に神がどうとか考えるタイプじゃないかなあと。あれですよ、普段は信じてないくせに(寧ろいたら蹴飛ばしてやるくらいなのに)我が身に悪いことが降りかかると神のせいにするタイプ。身も蓋も無い言い方をするなら、テストや受験の時だけ神に祈る学生。(ホント身も蓋も無いな)
ていうかホークの中で一歩の部屋はエライことになってんなあ。(笑)
一応ホークさんも板垣の存在は知ってますし、たまーに顔を合わすこともあります。が、会話はしたことありません。ホークさんヒッキーだから。(大笑)
でも少しずつ板垣の存在も認めてきてる感じ…なのか?(爆)

 

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