19:君に今すぐ会いたい。
(一歩、宮田父/はじめの一歩)




彼に、否、彼女に子供が生まれていたことは知っていた。
といっても千堂が日本王者になった際の騒ぎや噂程度で、実際に見たことはなかった。
男と偽り、それでもひたむきに強さを追い求めていた少女。
今でも鴨川に所属しているらしく、といっても八木のようにマネージャー行に精を出していると聞いていた。
彼女を最後に見たのは、息子と共に鴨川ジムを去る時だった。
あの時はまだ少年だと思っていたのだが、あれから二年半。
たったの二年半だ。
なのにもう彼女は一児の母だという。
誰とも結婚はしていないそうだが(藤井記者曰く、鴨川連中が「鴨川の子だ」と言い張っているらしい)、女性は早いものだ、と思いながらも記憶の端に追いやっていた。
それが。
今日、この日。
東洋太平洋フェザー級タイトルマッチ。
息子は約束を果たしてくれた。
そしてマネージャーに見捨てられたという元王者の控え室に息子が足を運んでいる間、彼女はやってきた。
一言、おめでとうを言いたくて。
そう笑う彼女の腕には一歳を過ぎるという彼女の娘が抱えられていた。
木田たちが、その子が君の子供かい、などと言うのがどこか遠くで聞こえた。
似ている。


宮田がタイトルを奪取した。
飲みに行こうという鷹村たちにゴメンナサイをして別れ、一歩は控え室へと向かった。
まだ居るだろうか。
未だ興奮が収まらない。
一言、一言で良いんだ。
おめでとう、と言いたい。
「まーぁ?」
「うん、もうちょっとおでかけしようね。宮田くんにおめでとうしたらまんましようね」
いつもの食事の時間が迫っているのに家に居ないことが不思議なのか、しきりに一歩を見上げている歩夢を抱きなおし、控え室の扉を叩いた。
「こんばんは」
ひょこっと顔を出すと、木田が「お!」と声を上げた。
「幕之内君じゃないか!おっと、お母さんに君付けは無かったかな」
「いいですよ、八木さんたちも君付けで呼びますし、会長なんて未だに『小僧』って呼ぶんですから」
「そうかあ。その子が君の子かい?女の子?」
「はい、歩む夢と書いてアユムと言います」
「良い名前だねえ。今幾つ?」
「一歳と三ヶ月です。それより、あの…」
「ああ、宮田君なら今、元王者に会いに行ってるよ。タイミングが悪かったね」
ねえ、宮田さん、と振り返った男につられて宮田の父を見て、一歩の身体は固まった。
彼は呆然と自分を見ていた。
否、腕の中の、歩夢を。
瞬間に悟る。
そうだ、この人は宮田くんの父親なんだ。
宮田くんの小さい頃を知っていて当たり前なんだ。
一歩は宮田の幼い頃を知らない。
しかし明らかに一歩に似ていない、この子は。
全身が警報を鳴らしている。
あの視線は、確実に気付いている。
逃げなければ。逃げなければ!
「幕之内君?」
木田の声にはっと我に返る。
「あ、あの!ボク、帰りますね!宮田くんにはおめでとうって伝えておいてください!」
「幕之内くん!」
宮田の父が声を上げる。
それを振り切るように一歩は控え室を出ていた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
腕の中で声が上がる。
きつく抱きしめていたらしい、抗議する声にごめんね、と謝りながらタクシーに飛び乗る。
ああ、何て事をしてしまったのだろう!
あまりに嬉しくて、嬉しくて、こんな簡単な事も思い至らなかったなんて!
「ちゃーぁ」
「…うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
ああ、母に何と言おう。鴨川のみんなに何と言おう。
自分はそんな酷い顔をしているのだろうか。
何度も頬をぺたりぺたりと触ってくる歩夢の手に、一歩はそっと頬を寄せた。







***
歩夢の誕生日は1月23日でいいんじゃないでしょうか。(爆)
一歩も11月23日だし、いいんじゃないんでしょうか。(二度目)

 

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