2:貴方を愛してしまったから… (鷲尾、攻爵/武装錬金) 攻爵の部屋へ向かう途中だった鷲尾は雇い主である刺爵に呼び止められた。 「おい、攻爵は何処だ」 「存じませんが…お部屋にはいらっしゃらないので?」 鷲尾の言葉に刺爵は忌々しげに鼻を鳴らして去っていった。 「……」 鷲尾はその後姿が完全に見えなくなると、再び攻爵の部屋へと向かう。 「攻爵サン」 障子の前で膝を着き、伺うように声をかけてみる。 …応えは無い。 静かに障子を開いてみると、中は暗闇に包まれており、その部屋の主の姿も無かった。 では、またあそこにいるのだろうか。 障子を閉め、鷲尾は使用人用の玄関口へと向かう。 「ヨオ、鷲尾。どっか出かけるのか?」 「ちょっとな」 同僚の声に軽く応え、鷲尾は屋敷の裏手にある蔵へと向かう。 幾つもの蔵の前を通り過ぎ、鷲尾は目的の蔵の前に立った。 「攻爵サン、鷲尾です。いらっしゃいますか」 暫くの沈黙。 何も応えが無いのは攻爵が居ないか、入室を拒んでいないかのどちらかだ。 鷲尾は扉に手をかけ、ゆっくりと左右に開いていく。 「……え?」 光の差し込んだその蔵の中は、鷲尾の記憶にある蔵の景色とはがらりとその姿を変えていた。 天井に届きそうなほどの棚、そこに詰められた古書や骨董品、そしてそれでも溢れかえり堆く積み上げられた書物。 そこまでは鷲尾の記憶と相違ない。だが。 「鷲尾、何か用?」 蔵の中心に攻爵は座り込んでいた。 その彼の前には、見たことも無いような機械たち。 更にはその中央に取り付けられたフラスコ、その中の何かの幼虫のような機械らしきもの。 不快感を掻き立てるグロテスクなそれらの前で、攻爵はじっと座っていた。 「攻爵、サン…これは一体…」 「今、完成したんだ…三年かかった」 鷲尾の困惑など意に介さぬように攻爵はフラスコに手を伸ばした。 「なかなか良いのが居なくてね。とりあえず、薔薇を掛け合わせてみたんだけど…その女に丁度良いと思わないか?」 そこに至って初めて鷲尾はこの場に居るのが自分と彼だけではないことに気付いた。 「花房!!」 倉庫の隅で縛られ、力なく横たわっているのは攻爵の家庭教師を務めていた女だった。数日前から屋敷に来ないと思っていたが、こんな事になっていたとは。 「攻爵サン、これは一体どういうことです?!」 「鷲尾、ちょっと静かにしていてくれないかな。あと、扉を閉めて」 「攻爵サン!!」 すると攻爵の表情が一変して鷲尾を睨み上げた。 「聞こえなかったのか。閉めろと言ったんだッ」 「ッ…」 気圧される様に扉を閉めると、攻爵は再び無感情そうな表情に戻り、立ち上がった。 手にしたフラスコの中で奇形のそれが揺らめく。 「三年…三年かかった…」 攻爵は夢見るように囁きながら意識の無い花房の前で足を止める。 「正直、間に合わないかもしれないと思ったけど…」 フラスコを傾け、溶液と一緒に流れ出てきたそれを愛しげに摘み、そしてそれを花房の額へと落とした。 「あと、ほんのもう少しさ…」 目の前で起こっている事に鷲尾はただ驚愕と未知なる物への恐怖に立ち竦むことしか出来なかった。 これは現実なのか?自分は夢を見ているのではないか。いや、夢であってくれ! 薄暗い蔵の中、不似合いな機械、跪く花房、嗤う攻爵。 フラスコから取り出されたそれは、花房の体内へと消えていった。 花房の身体は一度だけ痙攣し、額に何か文様のようなものが浮かび上がった。 そして、花房の肉体はヒトのそれを超えてしまった。 巨大な薔薇の形をしたモノへと。 満足そうに見上げる攻爵。 再び人間の形へと戻り、跪いた花房。 『我が創造主』と。 さて、と攻爵が振り返り、鷲尾はびくりと肩を揺らした。 淀んだ沼のような眼光。 「攻爵サンッ…!」 いつから彼はこんな目をするようになった。 元々彼の父親に向ける視線は暗いものを含んでいたが、ここまででは無かったはずだ。 自分に向ける視線も、内気さの中に柔らかさを含んだものだったはずだ。 彼の病は、その肉体と共に彼の精神まで蝕んだのか。 死の影が、彼を導いたのか。 「そろそろここも手狭になったからね。場所を移すとしよう。手伝ってくれるよね?鷲尾」 ぞっとするほど暗い笑み。 人の形をした化け物となった花房。 それを成し得た攻爵。 本能的な恐怖に駆られる。逃げ出したいと脳の奥で悲鳴を上げる。 しかし、それを押さえつけるものが鷲尾の身体を動かした。 「攻爵サンッ…」 その細い身体を抱きしめる。 「鷲尾?」攻爵の声が耳を擽る。 「ええ、ええ、攻爵サン。お手伝いします、何だって」 この人が何をしようと、自分がこの人から離れることなど出来るはずがない。 この人の孤独に惹かれ、自ら囚われる事を望んでいる自分が。 この人が自分に手を差し伸べているのだ。恐怖すら、彼を拒む壁にはなり得ない。 「俺はアナタの傍に居ます。アナタのお役に立ちます、必ず」 俺の全てを、アナタに。 |