22:告っちゃったんですが。
(はじめの一歩/木村、一歩/アネモネ設定)




某ファミレス店内。
その一番奥まったその席で、一歩と木村は向き合っていた。
そこに漂う雰囲気は、お客様はお客様以上でも以下でもないと思っているウェイトレスの興味さえ引いてしまうほど重かった。
電車で来たと言う一歩を愛車に乗せ、ここまで来るに至って木村は一言も言葉を発しなかった。
それは一歩とて同じことで、この席に着くまで、否、着いてからもじっと膝の上で握り締めた拳を見下ろしている。
ウェイトレスが置いていっていった水の満たされたグラスやメニューの存在にすら気付いていなさそうである。
「…とりあえず、さ」
思わずびくりと身を震わせた一歩に木村は苦笑する。
「コーヒーでいいか?」
「へっ」
漸く一歩の顔が上がる。きょとんとした表情の一歩に、メニューを指先でトトン、と叩いて見せれば漸く合点がいったらしく慌てて頷いた。
「あっ、はいっ、あっ、いえ、オレンジジュースで…」
「OK」
場を解そうと軽く笑って片手を挙げれば素早くウェイターが歩み寄ってくる。
彼にその旨を伝えれば、一分と経たずホットコーヒーとオレンジジュースが運ばれてきた。
木村は基本的に砂糖もミルクも入れない。
カロリー的な問題もあるのも確かだが、コーヒーそのものを味わいたいという思いがある。
暖かな、というよりは熱いそれを一啜りし、同じようにストローで一口オレンジ色のソレを飲み込んだ一歩に木村は切り出した。
「まず確認しておきたいことがある。一歩、お前、女だったのか?」
「はい…すみませんでした」
元々否定する気自体が無かったのだろう、これは比較的早く応えが返ってきた。
「や、まあ確かに黙ってたのはアレだが、どうせあの人だろ。鷹村さんが余計な入れ知恵したんだろ」
すると一歩はきょんとした後、くすりと微かに笑った。
「よくわかりましたね」
「あの人との付き合いも長いからな」
多少解れてきた場に、木村は聞いて良いものか、しかしその為にここに居るのではないのか、と思いながらも問うた。
「…で、何であそこに居たのか、聞いてもいいか?」
ぴき、と再び場が固まったのを感じる。
まあこれくらいは仕方ないだろう、と思いながらぐるぐるとストローを回す(恐らく無意識の行動だろう)一歩を見つめる。
やがてぴたり、とストローを回す手が止まり、再び膝の上で固められた。
「……あの、男の人に言うようなことじゃないとは、承知してるんですが、その…所謂、その…遅れてまして…」
「あーうんうん、女は大変だよな」
その場凌ぎではなく木村は本心からそう頷いた。
いつだったか、生理中は人が変わったように凶暴になる女が居た。または常に眠そうにしている女も。
「元々ボク、規則正しいほうじゃなくて…母さんがそうだったから、多分遺伝だと思うんですけど…でも、今回はちょっと…空白期間が長いというか…それで、母さんが、卵巣の動きが鈍ってるんじゃないかって…それで受診したつもりだったんですけど…」
…つもりだったです…けど?
木村は一気に燻っていた「嫌な予感」が噴出してくるのを感じる。
けど、何だ、とその先を聞くのが怖い気もする。

「……二ヶ月だって……」

ピシャーン!
何かが落ちた。今、確実に頭の後ろから脊髄にかけて何か雷めいたものが落ちた。
嫌な予感、的中。
落ち着け、落ち着けオレ。
「…あー、と…てことは、アレだ、その…相手が、いるわけだろ?」
今まで困惑の表情だった一歩がびしりと強張った。
これは、まさか。
「……相手は、まだ知らないのか?」
「……」
こくり。
「……つか、違ったらスマン。オレの知ってるやつか」
「…………」
沈黙。
はい、沈黙は肯定と取らせていただきます。
まさか、とは思ったが…。
「まさか…」
木村の言葉にぎゅっと身を縮こませる一歩。
ああ、やはり…


「……鷹村さんの子なのか?」


「…………………え?」
かぱっとあげた一歩の表情は、ぽかーん。
「え?」
つられて木村もぽかーん。
暫く阿呆のようにお互い口を半開きのまま見つめあい、やがて一歩が真っ赤になって首と手を横に激しく振った。
「ちちちち違いますよ!なんでそうなるんですか!」
「え?だってよ、お前が女だって知ってるのは鷹村さんだけなんだろ?たとえ会長や篠田さんたちが知ってたからってさすがにそれは無いだろ、う…し…」
自分で言っていて木村は一人の男の顔が浮かんだ。
待て。
待て自分。
それは洒落にならない。
ある意味鷹村より洒落にならないんじゃないのか。
しかし自分が知っているヤツで、コイツが女だと知ってそうな男って言えば。
まだ、該当しそうなやつが、いるじゃないか。

「………宮田、か…?」

その名に一歩は過剰なほどに反応し、腰を浮かせた。
「ちがっ……っ………」
悲壮な顔で何度か口ごもった後、座りなおし、きゅっと下唇をかみ締めた。
やはりそうなのだ。
一歩の胎に宿っているのは、宮田との命なのだ。
「…で、お前、どうするんだ?宮田は海外で何処に居るのかすらわかんねえのに」
「…宮田くんには、言いません」
「だけどよ、お前ら、付き合ってるんだろ?」
すると一歩は泣きそうな、けれど可笑しそうに笑った。
「…いいえ、ボクと宮田くんは、そんなんじゃありません」
事故だったんです、と告げる一歩の顔は、笑いたいのか泣きたいのか、妙に歪んでいた。
「だから、宮田くんには言いません。邪魔になりたくないから」
「じゃあどうするんだ?その…堕ろすのか?」
いいえ、と今度は清々しささえ感じさせる微笑を浮かべた。
「産みます。母さんを説得して、会長たちにも説明して、産みます」
そう微笑む一歩に、木村の中で「彼」は「彼女」へと変貌した。
ああ、コイツは女だ。どうしようもなく女だったんだ。
男には無い強さが、コイツにはある。
仕方ないなあ、と木村は思う。
まいった、とも思う。
コイツが男であろうが女であろうが、可愛い後輩であることに変わりは無くて。
「じゃあ、オレらが父親になってやろうか?」
「え?」
「宮田に言わないんなら、その子は私生児ってことになるだろ。だから、オレら鴨川のヤツラが父親になってやるさ。ま、たとえ他のヤツラが嫌だっつってもオレはお前の見方だから、頼れよ?」
一歩は暫くぽかんとしていたが、やがてはにかむような照れくさいような笑みに顔をゆがめ、ありがとうございます、と笑った。






***
自家製の蜂蜜臭いジンジャーエール(氷を入れると美味い)を飲みつつ、ふと我に帰る瞬間。
「アタイ、何でこんな話書いてんの…?」
ダメ!ダメ!腐女子にソレ禁句!!(爆)
ちなみに私は卵巣が機能しておりません。でも子宮は機能してるので生理は来ます。無排卵ってやつですね。しかもホルモンバランスもおかしいので一週間おきに生理が来ます。いっそ子宮も寝てろ、と思ってしまうのは仕方ないことだと思いませんか。(憎)
あ、この時点の一歩はジムでは練習生を兼ねた雑用係として働いてます。

 

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