25:俺流の愛し方にケチつけんなよ。
(阿含、雲水/アイシールド21)





阿含が、ある男子生徒を半殺しにした。
それが雲水の耳に入ったのは、五限目が終わった頃だった。
その男子生徒は昼休みから姿を消しており、同じクラスである雲水もそれは知っていた。
しかしサボり癖のある生徒だったのでまたそうなのだろうと、雲水だけでなく、教師を含めたクラス全員がそう思っていた。
しかしあと数分で六限目、という頃、一人の生徒が雲水の元へ駆けつけて告げた。
橘が阿含にボコられた、と。
橘とは、その姿を消していた男子生徒の名である。
橘は実習棟の裏手でいつものようにサボっていたらしい。しかしそこに阿含が現れた。
阿含が偶然そこを通りがかったのか、始めから橘を探していたのかは目撃した生徒たちには分からなかった。
しかし、雲水には分かった。阿含は始めから橘を探していたのだと。
今は保健室に運び込まれている、と聞いた雲水は慌てて保健室へと向かった。
保健室には、保険医の姿は無かった。恐らく橘の家に連絡を入れに行っているのだろう。
こういうことは今までに(不本意ながら)何度もあっただけに、雲水はそれを察するのに時間を要さなかった。
白いカーテンの引かれたそこへ歩み寄る。
そっとカーテンを捲ると、そこには無残にも痣だらけで腫れ上がった顔の橘が横たわっていた。
雲水はベッドへと近づき、その腫れ上がった顔を見下ろす。
申し訳なさに唇を噛む。
自分の所為だと雲水には痛いほどわかっている。
橘と雲水は、最近話すようになった。
けれどそれは通常の「友達」よりはあっさりしたもので、近くに居れば話しかける、程度のものだったというのに。
けれど阿含にはそれが通用しない。
阿含はいつもそうだ。
雲水が誰かと仲良くなるとそれを引き裂く。脅したり、力ずくだったり。
雲水に近づくのを辛うじて許されているのは、アメフト部のメンバーだけだ。
その認識は雲水の周りの人間にも浸透しており、殆どの者が阿含が見ていないと確信できる時しか話しかけてこない。
有難いのは、阿含に問題があるのであって雲水自身が悪いのではないと思ってくれる者が思いのほか多いという事だ。
因みにそれは雲水自身の人徳であるのだが、雲水はそうであるとは知らない。
ともかく橘と阿含自身に何の接点も無い限り、原因は雲水であると断言してよいだろう。
保健室の放送は切ってあるのだろう、遠くで六限目の始まりを知らせる鐘が鳴った。
その音に、眠っていた(気を失っていた?)橘が目を覚ました。
橘、と小さく呼びかけると、彼は瞼が腫れ上がって半分ほどしか開かない眼で雲水をのろりと見た。
瞬間、その瞳に走った怯えの色に雲水は頭を垂れる。
すまない、と罪悪感に震える声に橘が小さく囁いた。雲水、と。
橘は視線を天井に移し、呟くように告げた。
「お前のせいじゃないだろ…だから、そんな、気にすんなよ」
いいや、自分の所為だ、あいつを止めるだけの力量が自分には無い。だから、
「雲水」
橘が雲水の言葉を遮る。視線は、雲水とは反対側へと逸らされている。
「頼むから、俺の事で気を病むのは、止めてくれ。頼むから…」
「橘…」
「腹立つとか、恨むとかそういうのより…怖いんだ。だから、これ以上俺の事を気にしないでくれ、関わらないでくれ、頼むから…」
「…っ…」
雲水はぎゅっと拳を握り締め、もう一度「すまない」とだけ告げて橘に背を向けた。
「…雲水」
白いカーテンに囲まれたその空間から出た時、その中から微かに橘の声が聞こえた。
「ごめんな…ごめん、雲水…」
雲水は、橘に縋りつきたい衝動と悲しみをを抑えて保健室を出た。
授業中の廊下には誰も居ない。
どこかの教室から授業をする教師の声が聞こえる。
雲水は俯いたまま足早に寮へと向かった。
今はとても人前に出れる心境ではなかった。
自室に辿り着くと、雲水のベッドには阿含が寝そべって雑誌を読んでいた。
「あっれ、雲水じゃん。なに、サボリ?」
めっずらしー、どしたの。
阿含が身を起こし、傍らに立つ雲水を見上げる。
「阿含っ…」
くしゃりと顔を歪め、雲水は阿含の胸倉を掴んで睨みつけた。
言いたいことはたくさんある。非難したいことがたくさんある。
けれど、
「雲水?」
上機嫌らしく、へらりと笑う阿含。
「…っ…!」
何を、言えというのだ。
「雲水、どうしたんだよ」
引き寄せられ、抱き締められる。耳元に囁かれる言葉。
「なんか嫌なことでもあったのか?なあ」
「阿含っ…」
「嫌なヤツでも居たのか?言えよ、俺がぶっ潰してやるから」
「違う、違うんだ阿含…違うんだ…」
こういう愛情表現しか出来ないのだと、何よりも知っている自分が。
「じゃあ何だよ、何でそんな顔してんだよ、なあ、雲水」
それがただひたすらに己の片割れを愛し、愛されたいだけだと知っている自分が。
「それとも俺に逢えなくて寂しかったのか?大丈夫だって、二、三日は出かけないでおいてやるよ、だからそんな顔してんじゃねーよ」
「阿含っ…!」
何が、言えるというのだ。










+−+◇+−+
阿含はきっと、雲水が友達を作ればそいつを脅し、雲水に好意を寄せる女が居ればその好意を自分に向けさせるなりして雲水を孤立させてきたんじゃないかなーと思います。でも雲水自体はいい人だから雲水へは同情が集まる。たまに命知らずが雲水に馴れ馴れしくして、それをどうやってか知った阿含がそいつを脅してそれでも屈しないとボコる。それの繰り返し。
阿含は雲水の一番じゃないと嫌だし、二番が存在することも嫌。「一番とその他」じゃないと嫌。自分が雲水以外はどうでもいいと思っているので雲水も当然そうあるべきだと思っているんじゃないかと。ていうか阿含がちゃんと「人間」と認識しているのは雲水だけかもしれない。
二巻を読み返すたび、阿含が左利き、というのに萌。双子は片方が片方の真似をして鏡写しな事になることがあるそうです。なのできっと雲水は右利きなんでしょう。それを見る限り、やはり思いのベクトルは阿含→雲水の方向だと思います。少なくとも小さい頃はそうだったかと。あと、10巻で明らかになったナーガ監督の名前。苗字、金剛じゃなかったことにちょっとがっかり。いいよ、母方の祖父ってことにしたから。(爆)双子の父方の祖父は寺の住職で、祖母は幼い頃に病死、母方の祖父がナーガ監督。きっとあの人、理事長とかそれなりに権力を持った人だと思う。共学にするべきか、なんてセリフが出てくるくらいだから少なくとも一介の雇われ監督ではないかと。
(2004/10/5/高槻桂)

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