30:・・・切ないよ・・・
(鷹村×一歩子/はじめの一歩)




鷹村さんは減量に入るとボクに触れてこなくなる。
いつもはそれは仕方ないからと思いながらも、少しだけ寂しかったりしたけれど。
今は、ほっとしてる。
鷹村さんは今、世界戦に向けて最終的な局面に達している。
だから女のボクのことになんてまったく目に入ってない。
今はそれが、ありがたかった。
ボクにも、時間が欲しかったから。

そして、鷹村さんはWBC世界Jr.ミドル級王者となった。

帰りはなぜか別々で、ボクは木村さんたちと途中までご一緒させてもらった。
けれどやっぱり何かしておきたくて、途中で木村さんたちと別れて太田荘へと向かった。
鷹村さんはまだ帰ってなかった。
あんな身体で何処に行ってるんだろう。
そう思いながらも、きっとお腹すいてるだろうから、とおにぎりをいくつか作っておいた。
あと、余りにも部屋が散らかっていたので(引き戸に至っては破壊されていた…)簡単に片付けておくことにした。
本当はこの時、聞きたいことがあったのだけれど、結局鷹村さんは帰ってこなかったので(帰ってからテレビを見てその理由を知ったけれど)退散することにした。
一度機を逃すとどうも行きづらくて、結局鷹村さんがジムに出てくるまでボクは鷹村さんに会いに行くことはできなかった。
けれど鷹村さんがジムへ復帰したその日、早速ボクは鷹村さんの家に呼ばれた。
どうなるかなんてわかってたから、部屋に入ってすぐストップをかけた。
「鷹村さん、ちょっと座ってください」
「何だよ」
「いいから、座ってください」
いつにない真剣なボクに、仕方なく、といった風に鷹村さんは座った。(またどうしてたった数日でこんなに汚れてしまうんだこの部屋は)


「お話が、あります」


真面目な顔をして何を言うかと思えば、
「ボクと鷹村さんの関係って何ですか?」
だった。
正直、面倒な事を聞いてきた、と鷹村は思った。
自分にとって一歩がどういう存在であるかなんて考えたこともない。
そんなもの、考える必要がないではないか。
なのでそう思ったままに言うと、一歩は暫く沈黙した後、そうですか、と苦笑した。
なんでそこでそんな笑い方するんだ。
仕方ない、というような、何かを諦めたような、悟ったような嫌な笑い方だと鷹村は思う。
こいつがこういう笑い方をするときはまずろくな事を考えていない。
すると案の定、「もうこういうことはやめます」なんて言ってきた。
とりあえず、耳をほじって「はあ?」と聞き返してやると、怒るかと思えばなぜか今日に限って一歩は悲しそうな顔をして、すみません、と謝った。
わけがわからない。
何がどうなってそういう結論に達して、尚且つすみませんなのか。
「お前よお、もうちっと順序だててモノ言えや」
ここに青木か木村が居たら「アンタには言われたくない」と帰ってきそうだが、生憎とここには彼らは居ない。
いるのはただ諾々とそれを受け入れる一歩だけで、やはりすみません、と今度は曖昧に笑って立ち上がった。
「もう、無理なんです。ごめんなさい。さようなら」
そういってさっさと部屋を出て行ってしまった。何なんだ一体。
そりゃ確かにここ数ヶ月ほったらかしだった。だがその理由など一歩とて分かっているはずで、今までもそうやって来た。
何なんだ。バカヤロウ。
自分が理不尽な事をするのは好きでも言われたりするのは大嫌いだ。
だからと追いかけるのも面倒だ。
どうせジムに行けば会える。
そう思いながら窓から見下ろせば、丁度一歩が通っていく所だった。
ぴた、と立ち止まってここからでも分かるほど盛大な溜息をついていた。
アイツ、きっとこの部屋からあの道が見えること、忘れてやがるな。
そんなことを思いながら見下ろしていると、ふと一歩は己の下腹に手を当て、何か小さく呟いた。
何を言ったのかは聞こえなかった。
だが、最初の何を呟いたのか、口の動きで分かった。

ごめんね、

瞬間、鷹村は部屋を出ていた。
突然頭の後ろで電気が通じたように全て理解した。
そうか、そういうことか。
がんがんがんがん、と足音高く階段を駆け下り、涙の浮かんだ大きな目をまん丸にしている一歩の腕を掴んで来た道をずんずんと戻っていった。




終わってしまった。
一歩はかん、かん、とゆっくりと太田荘の階段を下りていく。
自分はどんな答えを期待していたのだろう。
どんな答えが返ってきたのなら、打ち明けるつもりになったのだろう。
けれどもう終わってしまった。
ただ、ああ、もうダメなんだなあ、と思った。
どうするか、ずっと悩んでた。
誰にも相談できなくて、一人で考えるしかなくて。
そして、決めた。
本当は、そうしたくなかった。
けれど、そうするしかなかった。
だから、さっき鷹村がくれた答えこそが、自分の欲しかった答えなのだろう。
この決意の、後押しをしてもらうために。
「……」
ふと立ち止まり、下腹部に手を当てる。

ここに、鷹村との間に出来た新しい命が宿っている。

だけど、鷹村に迷惑をかけることは出来ない。
足を引っ張ることは出来ない。
まだまだ先を見ている人なのだから。
「…ごめんね」
だからこうするしかないと分かっていても。
「ごめんね、ボクは…」
本当は、本当は…

「キミを、堕ろします」

どれだけ、願っていても。

「ごめんなさい」

謝ることしかできない。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…

ガンガンガンガンッ!

「へ?」
足音荒く階段を下りてくる音に一歩は振り返った。
鷹村が、むすっとした表情でこちらに向かってきている。
え、え?
驚いている間に彼は一歩の腕を掴み、ずんずんと部屋へと戻っていく。
え、ちょっと、待って、もう、ボクは…!
「た、鷹村さん!」
「いいから来い!」
そして再び部屋に連れ込まれた。
「座れ」
「何でですか」
「いいから座れってんだよ」
さっきと逆だ。
一歩はそう思いながらもちょこりと先ほどと同じ場所に座る。
鷹村も同じ場所に同じように胡坐をかいて座った。
「お前、オレ様になんか隠してるだろ」
「べ、別に何も…」
視線が泳ぐ。がしっと顔を掴まれて無理やり視線を合わされた。

「お前、ガキがデキたんだろ」

あっという間にまん丸になっていく一歩の瞳。
ぱかっと口が開かれるものの、そこから声は出ず、数度、もどかしげに開閉される。
「なんでオレ様に言わねえ」
「それは…」
「まさかオレ様とのガキじゃねえなんてこたねえよな」
「そっそんなわけないじゃないですか!!」
「ほれみろ。じゃあ何でオレ様に言わねえ」
う、と言葉に詰まる。
だって、と数秒の後にぼそぼそと一歩は告げた。
曰く、鷹村さんの足を引っ張りたくないだの鷹村さんにはまだ先があるんだからだの鷹村さんだってまだ若いしだのボクなんてキレイじゃないしだの鷹村さんに相応しくないだのぐじぐじぐじぐじ…。
なので鷹村はとりあえず一歩の脳天にチョップをかましてやった。
身体を気遣って手加減してやっただけ有難いと思えと言いたい。
「オレ様がどーたらなんつーのはオレが決めるんだよ!てめえが決めるのは一つっきゃねえだろが!」
「は、はあ…?」
「てめえは自分が産みてえか産みたくねえかだけ決めりゃ良いんだよ!オレ様を誰だと思ってやがる。オレ様は王様だぞ?しかもこれから六階級制覇しようってえ天才だ。だから女一人と子供の一人や二人、まとめて面倒見てやらあ!」
一歩はその言葉を何度か頭の中で反芻し、やがて、それは自分にとって都合の良い解釈をしていいものなのだと理解して口を開いた。
「…じゃあ、ボク、産んでも…良いんですか…?」
「おう!産め!」
即答される応え。
ふんぞり返る男。
ああ、なんて。
「…あはっ…」
なんて、ボクはバカなんだろう。
「あ?」
「あははははっ」
この人はこんなに大きな人なのに、ボクはずっと一人だけで考えて。
「何笑ってんだ、気持ちわりい」
「ご、ごめんなさい、だって…ふふふ…」
「ったく。てめえはいっつもそうだ。一人でぐじぐじ考えやがって」
「はい、すみません」
「オレ様がそんなに信用ならねってえのか?ああ?」
「ごめんなさい、鷹村さん」
「とにかく、お前、明日は暇か」
「え?はい、明日は朝釣りの予約だけなので夜は暇ですけど…」
「よし、ならかあちゃんに挨拶に行くぞ」
「ええっ?!」
ちょっと前まで、あんなに悩んでいたのに。
「なんだよ、当然だろ」
もう、こんなに楽しい気分。
「いや、鷹村さんってそういうの、気にする人だったんあいえ、なんでもないです!」


「鷹村さん」
「あ?」
「…ありがとうございます」
「おう」






***
一歩視点ってとっても書きにくいのね、と気付いた今日この頃いかがお過ごしでしょうか。(何)
めぐとめぐの話が進まなかったので夫婦のほうから書いてみました。
このネタは本当なら第二話に当たる話だったので、また中途半端なところから書き出してしまったなあ、と思いつつ。
でもきっと鷹村さんは女遊びはするよね、絶対。(爆)

 

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