31:口が寂しいんだが?
(沢村×一歩/はじめの一歩)




実際の所、タバコを吸いたいとは余り思ってない。
息が切れやすくなって身体が重くなる。
自分の筋肉の質が悪くなっていくようで余り好きではない。
しかし彼の前ではわざと吸う。
しかもこれ見よがしに煙の重いものを。
すると彼はこう言って手を伸ばしてくる。

「あ!また煙草!ダメだって言ってるでしょう?」

伸ばしてくる手から逃れるために煙草を頭上へ掲げる。
たったそれだけで、自分より背の低い彼は目的の物に手が届かなくなる。
「沢村さん!」
もう!自分からやめたいって言い出したのに!と彼は頬を膨らまして怒る。
そんな事言い出した覚えはない。彼が勝手に勘違いしているだけだ。
しかし面白いので勘違いは解かずに来ている。
そもそも、彼は何故自分が彼の前でわざわざ煙草を吸うのか、それ自体が分かってない。
だから自分が彼の前で煙草を取り出すのをやめられないのは、彼自身に原因があるということも微塵もわからないだろう。
これが無いと口が寂しいんだよ。
そう心にもない事を言えば、だったらアメでもガムでも買ってあげますから、と彼は言う。
子供かよ。
くつくつと笑って煙草を足元に落とす。
ぎゅり、と火を踏み消すとそれを律儀に拾い上げる彼。
ポイ捨てはいけません。
どこまで真面目なんだお前は。
否、どこまでも真面目なんだろうな、お前は。
そんな事を思う。
アメなんざいらねえよ。ガムもいらねえ。
変わりによこせ。
そう言えば、何をですか?ときょとんとして見上げてくる。
オイオイ、これで年上かよ。
くつりと笑って身を屈める。

「お前を」

その耳元にぼそりと一言、呟くと同時に舌を伸ばしてそこをべろりと舐めればふぎゃ!と踏まれた猫のような声を上げて彼が飛び上がった。
顔は耳まで、というより首筋まで真っ赤になっている。
「もう!なんてことするんですか!沢村さんのバカ!!」
可笑しくて可笑しくて声を上げて笑う。
別に煙草を吸いたいわけではないのだ。
ただこうして彼が、余りにも可笑しい反応を示すから。
こうして彼に、触れる言い訳に出来るから。
だから、彼の前で吸うのはやめられない。





***
沢村さんってボクシングやってなくても煙草は興味なさそう。
酒も少しくらいしか呑まなそう。缶ビール一本、終わり。みたいな。しかも酔うまで飲まないので自分が酔うとどうなるのか知らなそう。
でも酔っても然程変わりなさそう。(爆)

 

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