32:泣いてなんかない。
(雲水/アイシールド21)





弟と違って、自分にはそういったものが無いのだと知ったのは、そう遅い時期ではなかった。
だから自分は幼いながらも阿含にそれを悟られないよう、努力した。
しかし、「努力」が「天才」についていけるのは、小学生の頃までだった。
阿含は、「自分には出来て雲水には出来ないこと」が増えるたび、不思議そうな顔をした。
何故自分に出来て、その片割れである雲水には出来ないのだろう、と。
悔しかった。
阿含に勝てないことじゃない。
阿含と同じ所に立つことが出来ない自分の不甲斐なさに腹が立った。
けれど、自分にはひとつだけ、人と違うものがあった。
父とも母とも、阿含とも違うものが。
幼い頃は、それが何なのか分からなかった。
それは余りにも漠然としていて、うまく言葉にすることが出来なかった。
けれど、幼い頃はそれがとても怖かった。
無性に不安になる夜が稀にあり、阿含の布団に潜り込むこともあった。
普段なら滅多にない雲水の甘えた態度に、阿含はただ無邪気に喜んで一緒の布団で寝た。
年を重ねるごとにそれは曖昧さを失い、その姿は明瞭なものへとなっていった。
高校生になった頃、それはもう、何なのかは分かりきっていた。
そして、その時が近いことも。
選ばなくてはならない瞬間が間近に迫っているのだと。
否、選ぶ瞬間は、もう疾うに過ぎている。
もう自分は選んでしまった。どうしたいのか、選んでしまった。
だから、あとはその瞬間を待つだけなのだ。
分かれ道に辿り着く瞬間を。
辿り着いてしまったら、その時は、迷わずそちらへ行こう。
阿含は怒るだろうか、悲しむだろうか。
きっとお前は怒鳴り散らしながら言うのだろう。
ざけんじゃねーぞこのハゲ!
そんな姿がありありと浮かんで、少し、笑ってしまった。
けれど、自分にはもう一つの道を選ぶことなど、出来はしないのだ。
阿含、阿含、許してくれなくていい。
ただ、わかってくれないか。
お前を愛している、愛している、愛している愛している。
家族として兄として片割れとして金剛雲水として全ての意味でお前を愛している。
それだけは、それだけは。



部屋の窓から見えた朝焼けが、キレイだった。
阿含は、まだ寝ているのだろう。
朝の空気は、ひんやりと清々しくて好きだ。
寮の裏手にあるこの山は、雲水の好む空間がゆったりと流れている。
雲水の他に、動くものの気配の無い空間。
枯れ木や草を踏む雲水の足音だけが響く。
本当なら、この時間にはもう、自分はここには居ないはずだった。
本当なら、この時間にはもう、自分は実家に居なくてはならないはずだった。
けれど出来なかった。
出来るはずが無いだろう?
阿含の傍を離れることなど、自分に出来るはずもないのだ。
それが自分の全てであり、そして望んだことなのだ。
阿含の傍を、離れるなんて。
ニャア、と甲高い声が足元から上がった。
「流」
ながれ、と雲水が呼ぶのは、この山に住み着いている白猫だった。
山に住んでいるくせにいやに毛並みの良いその猫は、他の猫と違って山の景色に溶け合うことは無く、その白さが浮かび上がっている。
しゃがみ込んで白猫の喉を撫でてやる。ぐるぐると喉を鳴らして目を細める白猫。
「流、お前とも今日でお別れだな」
じっと見上げてくる視線に雲水は苦笑する。
「…大丈夫だ。俺は、大丈夫だから」
白猫に両手を伸ばし、そっと抱き上げる。
白猫は抵抗もせず、寧ろ雲水の胸元に擦り寄ってまた一つ、ニャア、と鳴いた。
その小さなぬくもりが、悲しい。
いいや、悲しくなんてない。(いいや、悲しいと喚き散らしたいんだ。)
泣いてなどいない。(泣き出してしまいたい。)
寂しくなんてない。(お前と離れるのは寂しい。)
辛くなんてない。(お前と会えなくなるのは辛い。)
これは、とてもしあわせなことなのだ。
(これは、とてもかなしいことなのだ。)
「…阿含に、会いたいな」
つい先ほどまで一緒に寝ていたというのに。
そこから抜け出してきたのは自分の意思だというのに。
「阿含っ…!」
こんなにも、離れ難いなんて。










+−+◇+−+
続いててすみません。(爆)
いやもう意味不明ってカンジなんですが、私もふわふわしたイメージのまま書き始めちゃったのでいまひとつ良く分かってないです。
(2004/10/10/高槻桂)

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