34:なんで好きになっちゃったんだろ。
(宮田×一歩/はじめの一歩)




会えるなんて、思っても見なかった。
ただ、歩夢が早く目が覚めてしまって、少しぐずっていたから。
だから散歩がてらちょっと出かけようって思って。
ただそれだけだった。のに。

「おはよう、宮田くん。あと、おかえりなさい」

自分は今、ちゃんと笑えているだろうか。
いつもどおりに、彼の知るままに、笑えているだろうか。
ああ、視線が、彼の視線が、歩夢を。
何か言わなきゃ。
何か言わなきゃ。
「あ…えと…この子はね、歩む夢って書いて歩夢って言うんだよ。今、やっと三ヶ月を過ぎたばかりの女の子なんだ」
あれ、何言ってるんだろ、聞かれてもないのに。
あれ?

「…王座決定戦のとき一緒に居たヤツとのか」


…あれ?


ボク、今、笑えてる、よね?

「沢村さんのこと?違うよ、沢村さんは千堂さんのお友だちで、たまたま一緒になっただけだよ」
彼が、微かにほっとしたような顔をした。気がした。
そんなはずないのに。
「じゃあ、結婚してるわけじゃないのか…」
そんなはず、ないのに。
なんで、そんなこと、聞くのかな。
ううん、理由なんて別に無いよね。
期待なんて、しちゃダメなんだ。

「それでいいのか、本当に」

いいんだよ、これで。

「何でっ…!」

え?

「何でお前はっ!」


…ふ…ゃぁあああ…!


あっ、驚いちゃったんだね、ごめんね。
「あゆちゃん、ごめんね、だいじょうぶだよ、あゆちゃん、あーゆちゃん」
あ、
「宮田くん!」
…行っちゃった。
なんだったんだろう?
ボク、何か気に障るようなこと、言ったんだろうか。
だとしたら、ダメだなあ…進歩がないや、ボクってば。
「よしよし、あゆちゃん、いいこだね」
再びむにゅむにゅ言い始めた歩夢の頬にそっと口付ける。
「あゆちゃん、あの人がね、あゆちゃんのお父さんなんだよ」
今だけ、少しだけ、言わせて。
「とっても強くて、キレイで、凄い人なんだよ」
ボクが、その傍らに立つことはできないけれど。
それほどに、遠い人だけど。

「宮田くんが、あゆちゃんのお父さんなんだよ」




***
「石榴の雫」一歩視点。

 

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