45:お前を好きでよかったよ。
(直道×一歩/はじめの一歩)




「山田くん!」
八戸行きの新幹線に乗り込もうとした彼を引き止めたのは、間違えるはずも無い彼の声だった。
先パイ、と呆然と呟く己の声をどこか遠くで直道は聞いた。
ぽんぽん、とトレーナーの一人が肩を叩き、先に行っているから、と告げる。
時間が遅いからか、然程混んでいないホームで二人は向き合った。
「えと…」
顔の腫れ上がった男の一人が黙し、一人がもじもじしている光景は他人の目にどう映ったのか。酷く滑稽だったろう事に間違いは無いだろう。
しかし二人の視野はそこまで広くなれなかった。
直道はただ目の前の童顔の青年を見つめ、彼もまた視線を右に左にと彷徨わせた後、意を決したように直道を見つめた。
「…会長は会わないほうが良いって言ったんだけど…どうしても、一目、会いたくて…」
そしてすぐに「あ、いや、その」とそれを打ち消すように手を横に振った。
「試合では会ったんだけど、そうじゃなくて…選手としてじゃなくて、個人として、というか…」
「ハイ…」
一歩が口下手なように、直道もまた沸きあがるものを上手く言葉に表すことのできない性格だった。だからこそ、なのだろうか。それとも己の自惚れだろうか。
一歩のたどたどしいその言葉一つ一つに、十も二十もの気持ちを感じられる。
「それで…この新幹線で帰るって聞いて…一言だけ、どうしても、言いたくて…」
「…それだけのために、来たんスか…」
聞く人が聞けば批難に聞こえただろう。それほど直道の声音は強張っていた。
しかしそれを受けたのは、彼の不器用な思いを正しく理解できる人物で、彼ははにかんだように笑った。
「うん、あのね…」
構内アナウンスが出発の時間が近い事を告げる。
ちら、とそれを気にして言葉を止めた一歩。
時間の流れはなんて早いのだろう。
そしてもう一度真っ直ぐに彼らは視線を交し合う。

「…頑張ろう」

頑張って、ではなく。
一歩が直道の不器用さを理解できるように、直道もまた、一歩のその一言に込められた物がどれだけのものか、分かっているつもりだった。
「…ハイ…」
微かに唇の端が持ち上がる。
「ハイ、先輩」
そして一礼して直道は踵を返した。引き止める声は無い。
ホームから足が離れ、車内へと。
一瞬、立ち止まりそうになる。振り返って、もう一度その姿をこの目に焼き付けい衝動に襲われる。
それでも直道は立ち止まることも振り返ることもせず、トレーナーの待っている車両へと向かった。







***
さり気に好きなゲロ道いぽ。
彼はもう出てこないのでしょうか…。

 

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