46:ギュって抱きしめて。
(一歩、宮田父/はじめの一歩)




宮田の父に歩夢を見られた翌日の午前、向こうから連絡があった。
こちらの都合の良い時間に会えないだろうか、ということだった。
用件なんて聞くまでも無い。しかも宮田の父が家へ来るという。
何をどう返事をしたのかよく覚えていない。
ただ、今日は夜釣りがない事を告げた事と、ならばと指定された時間だけを覚えていた。
がちがちに固まる一歩に、寛子は丁度いいじゃないの、しっかりしなさいよと苦笑していた。
そして、その時はやってきた。
まあまあ、よくお出で下さいました。さあさ、お上がりになって、と気前よく迎え入れる寛子とは対照的に、一歩は居間でがちがちのまま座っていた。
卓袱台を挟んで向かい合う一歩と宮田。
一歩の脇で孫をあやしている寛子。
最初に言葉を発したのは、宮田だった。
「不躾を、いや、一介の父親として情けない事を承知で、お聞きしたい。その子の父親は…一郎かね」
「いえ!その!」
一歩は咄嗟に否定しようとし、しかし完全に否定も出来ず、あの、その、ともたついている所を寛子に突かれた。
「いい加減にしなさいな、一歩。こうしてちゃんと訪ねて来て下さってるんだから、きちんとお答えしなさい」
「あう…」
ちらりと歩夢を見て、そして宮田を見る。
ああ、もうダメだ。
一歩は深い溜息をついて肩の力を抜いた。
「…はい、この子の父親は、宮田くんです」
やっぱり、似てますか?
そう苦笑交じりに問えば、瓜二つだと同じく苦笑が返って来た。
「一郎には、昨日のダメージもあって何も聞けずにここへ来てしまったのだが、一郎は…」
「知りません。言ってませんから」
「…でしょうな…息子はあれでいて隠し事が出来ない子で…私が言うのもなんですが、不器用な子です。もし知っていたら平静でいられなかったでしょう」
「…この子を妊娠してるって分かった時、宮田くんは海外でしたし、何より、ボクと宮田くんは、別に恋人同士とか、付き合ってたとか、そういう関係じゃなかったので…」
しーん、と二人の間に沈黙が訪れる。
寛子と歩夢だけは我関せずで遊んでいる。
「…付き合っていたわけじゃ、ない…?」
訝しげな問いかけに一歩の顔が一気に赤くなる。
「あのっ、事故みたいなものと言うか、そのっ、なので余計、言えなくて…」
もじもじもじもじもじ…。
暫く固まっていた宮田は、卓袱台を避けて一歩の前まで来ると、がばっと土下座をした。
「申し訳ない!!」
「みっ宮田さん?!」
「男手一つで育った所為か、他人とのコミュニケーションが上手く図れていないのは察していたが…こんな不始末を…!」
「や、やめてください、宮田さん!」
「一郎も明日にでも…」「そそそそれこそやめて下さいぃ!!」
慌てて遮って宮田の顔を上げさせる。
「宮田くん、まだダメージ抜けてないのにそんな…!」
「しかし…」
「でもいつまでも隠しておくわけには行かないわよねえ?」
するっと割って入る寛子の言葉に一歩はうっと言葉を詰まらせる。
「勿論です。すぐにでも話し合いの場を設けさせていただきます」
「あ、あのっ、ならせめて、宮田くんのダメージが抜けるまで…一週間くらい、時間をくれませんか?それまで、宮田くんには何も言わないでおいて欲しいんです。ボクの方も急な事で、心の準備が…」
「それは、構わんが…」
「だったら来週後半の、ウチに夜釣りが入ってない夜に来ていただいたら?それともあんたが行く?」
「うっ…そ、それもその時まで考えさせて欲しいというか…」
「分かりました。では、日時などは全てそちらの都合に合わさせていただきます」
連絡先を、と告げた宮田を一歩は遮った。
「あ、ボク、宮田くんのお家の番号、知ってます」
だから、そちらにかけさせていただきますね、と一歩ははにかんだ。
「一歩」
寛子が歩夢を差し出し、それを受け取る。
「うん、あゆちゃん、おいで。…宮田さん、抱いてやってください」
ずいっと歩夢を差し出すと、宮田は面食らったようにしていたが、やがて恐る恐る歩夢を受け取り、その腕に抱いた。
歩夢はきょとんとして宮田を見ていたが、やがて母親へと視線を向け、また宮田を見上げた。

「あゆちゃん、おじいちゃんだよ」

穏やかにそう告げる一歩。
うー、と腕の中の子供が自分を見上げて声をあげる。
それは遠い昔、もう過ぎ去ってしまった息子の幼き日を思い出させる面立ちをしていて。
「…っ…」
宮田は歩夢を抱えたまま、もう一度頭を下げた。
「…ありがとう…っ」
「え、あの、その…」
おろおろしている一歩と、宮田の腕の中できょとんとしている歩夢。
それを苦笑して眺めている寛子。
「ちゃーぁ」
ぺちり、と叩かれた宮田の頬には、一筋の涙が伝っていた。







***
土下座親子。(酷)
一歳ちょいの子って、職場で観察していてもまちまちなのでどの子を参考にしていいのか迷います。なーんも反応が無く、ただじっと見てくる子もいればきゃあきゃあ騒いであっちこっち歩きたくって母親に怒られる子もいるし、ひたすらおもちゃを右に左にやってる子もいるしで。
とりあえず、一番よく聞く単語は「パパ」「ママ」「ちゃー」です。「ちゃー」はただ声を出してるだけなんでしょうが。(何を伝えたいかはともあれ)
まあ、あとは職場柄、「イヤ」でしょうか。イヤの大絶叫はよく聞きます。(苦笑)

 

戻る