49:始めの頃を思い出すな・・・
(沢村×一歩/はじめの一歩)




ある年の夏、預けられている施設が、改築することになった。
その為に、そこで暮らす子供たちは近隣の施設に預けられることになった。
しかしその施設の子供たちの数は多く、一部には遠方の施設に預けられることになることになった子供も居た。
沢村竜平も、その一人だった。
彼の預けられたのは東京の海近くの施設だった。
夏休みの予定などない彼はただ黙々と与えられた部屋で宿題をこなした。
するとたったの数日でそれは終わってしまい、観察日記は適当につけた。
知識を詰め込むことは嫌いではなかった。
しかし、ただじっと本を読むのは好きではなかった。
だから街を歩いた。
歩くことも嫌いではなかった。
知らない街となれば尚更だった。
迷ったら、なんてことは考えない。
その時は、きっと母が探しにきてくれるから。
だからただ、歩いた。
子供が一人で歩いていて気にする人など誰もいない。
歩いて、歩いて。
気付いたら海へと出ていた。
堤防に沿って歩く。
積み上げられたテトラポッド。
その一つにちょこりと座った子供。
後姿から、同じ年頃だと判断する。
何をしているのだろう。
子供は沢村の気配に気付いたのか、くるっと振り向いた。
ぴたりと合う視線。
沈黙。
突然、子供が立ち上がった。
軽々とテトラポッドの上を飛び越え、堤防にその少年は降り立った。
「どうしたんですか?」
迷ったんですか?と続ける少年にお前こそ何をしていたのだと問う。
「船を待ってるんです」
「フネ?」
「はい、ボクのおうちは釣り船屋をやってるんです。一緒に船に乗ることもあるんですけど、今日はお留守番なので、ここで待ってるんです」
帰ってくるのか、と問えば、はい、と迷い無く返される。
「もうじき帰ってきます」
どうしてそう言い切れる、と問えば、約束したからです、と返された。
「無事に帰ってくるって約束してくれました」
だから大丈夫です。
無邪気に笑う子供。
もし帰ってこなかったらどうする?
「待ちます。母さんは帰ってくるって約束してくれたから、だから必ず帰ってきます。それまでボクは待ちます」
変な子供だと思う。
ただ能天気のような印象も受けるが、しかしその笑顔には確固たる何かを得ているようにも見える。
「…オレの母親も、今、いないんだ」
「お仕事ですか?」
「仕事…そうだな。ずっと会ってない。オレのこと、忘れちまったのかな」
「そんな事ないです。きっと、少しだけお仕事が忙しくてお家に帰れないんです。お仕事が終わったらすぐに帰ってきてくれますよ」
「そうだな…もう少し待てば、きっと迎えに来てくれるよな」
「はい!」
お前、いつもここにいるのか、と問えば同じように元気な声で彼は頷いた。
「一緒に船に乗ってない時は、ここで船を待ってます」
そうか、とだけ返して踵を返した。
「あ、あの…?」
「…また来る」
それだけ告げて来た道を戻っていく。
名古屋に戻るまでの一ヶ月、いい暇つぶしが出来た。






***
沢村がまだ母親に捨てられたと確信してない頃の話。
これを書くに当たって、「テトラポッド」なのか「テトラポット」なのか分からず調べる羽目に。(爆)正解は前者。ちなみに(株)テトラの登録商標だそうです。どうでもいいッスね。ハイ。

 

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