6:愛してるって言わなきゃコロス。
(阿含、雲水/アイシールド21)




部屋に戻ると、三日ぶりに阿含が帰ってきていた。
「阿含」
扉のところで突っ立ったまま、雲水は思わず彼の名を呼ぶ。
ちらり、と手の中の携帯電話から視線を上げる阿含。
「……」
しかし何も言わずまた携帯電話を弄りだす。
機嫌が悪いのだろうか。しかしそんな雰囲気でもない。雲水の勘はそう告げる。
「夕食はどうしたんだ。食べてきたのか?」
この時間ではもう食堂も開いていない。
阿含は応えない。視線も上げない。
「阿含」
それがきっかけのように阿含は立ち上がる。携帯電話を尻ポケットに押し込んで雲水の傍らを通り過ぎる。
「阿含」
帰ってきて早々、また出かけるのか。
そんな色を滲ませた呼びかけ。けれどまるで雲水など見えていないような素振りで部屋を出て行く。
「うぜぇ」
扉の閉ざされる音と、重なった。



「あ、阿含さんだ」
部活の最中、一休がそう声を上げた。
反射的に一休の視線を追う。
グラウンドから少し離れたところ。阿含が立っていた。
雲水を見ている。
しかし雲水がそう感じた次の瞬間には視線を逸らし、背を向けてしまう。
「阿含さん、今日も練習でないんすかねー、雲水さん。…雲水さん?」
え?
「あ、いや…そうだな。全く、仕方ないヤツだ」
微かに苦笑。

阿含が、避けている。






夢を見た。





辺り一面の闇。真っ暗で、何処からが地面で何処からが空なのか。
上も下も右も左も何もかもが曖昧で。
けれど自分がそこに立っている姿だけははっきりと見える。
誰も居ない。
そう、誰も。阿含も。いない。自分ひとりだけ。
大きな大きな手で、身体を柔らかく掴まれたような、そのまま撫でさすられたような、そんな感触。
ざわりとした。寒い。怖れ。
そんなはずはない。仮令誰が居なくなろうと、そこには。
そこにはお前がいる。
違うのか。違うのか。俺一人がそう思っていたのか。
ではこの身の内にあるモノは何なのだ。誰に繋がっている。何処へ繋がっている。
手繰り寄せる糸の先。
そこにお前が、
糸の片端を握っているのは、
必死で手繰り寄せる。
足元に長い長い糸が横たわっていく。
闇の中に白い白い糸が。
手繰り寄せる手繰り寄せる。
いつの間にか足元は白に埋め尽くされていて。
まだ届かない、まだ届かないのか。
この糸の、先は、
はらりと白い糸が落ちた。
この糸の、先は、
ただただ力なく、足元に落ちた。
大きな手が、あの大きな手が。身体を撫でさする。気味が悪い。
何を信じていた、何に縋っていた。
遺伝子、双子、同じ顔、同じ指先。
「けれどお前たちはふたりじゃないか」
同じ声。振り返る。お前なのか。
「ひとりじゃない」
同じ顔。同じ姿。お前ではない。
自分自身。金剛雲水。
己が目の前に立っている。
「ふたりだ」
足元の感触が消える。
落ちる。堕ちる。



「っ!」
一瞬の痙攣。見開いた目。
夢。そう、夢だった。
「……」
雲水はゆっくりとベッドから身を起こして室内を見回す。
時計を見ると、午前四時を回った頃だった。まだ、辺りは暗い。
ベッドを這い出て、上段のベッドを覗く。
案の定、そこに阿含の姿は無い。
雲水は梯子を降り、床に直接座り込む。
嫌な、夢だった。
心の奥底で大切に守っていたそれを、暴かれたような。
そしてそれを壊されたような。不快な夢。
「……阿含ッ…!」
両手で顔を覆い、小さく縮こまる。
阿含、何処に居る阿含。

――うぜぇ

阿含、阿含。お前がそう言うのならそうなのだろう。
お前は俺を疎ましく思っているのだろう。
そう思う以外どうしようもないではないか。
俺たちはふたりだ。ふたりだったんだ。
ひとりじゃない。ふたりなんだ。
だからお前が今何処に居るのかわからない。
お前が今何を思っているのかもわからない。
俺にはお前がわからない。
だからお前の態度と言葉でしかわからないんだ。
お前が俺を見ない。
お前が俺を疎ましいと言う。
ならば俺はそうなのだと理解するしかない。
仮令ほんの数日前までお前が俺を好きだと、愛してると。
お前さえ居ればそれでいいと囁いていたとしても。
そして未だに俺がそこから動けないままでいるとしても。
お前は違う所へ行ってしまった。
もうこの手は届かない。
お前を引き止めるための言葉は紡がない。
これ以上お前にそんな目で見られたくない。耐えられない。
だからお前がそこへ行くと言うのなら俺は止めない。
俺は俺なりに、ここから違う所へゆこう。


ガチャリ。


扉の開かれる音にハッと身を起こす。開錠の音には気付かなかった。
阿含。
こんな時間に雲水が起きているとは思ってもみなかったのだろう。微かに眉が跳ねた。
「寮を出ることにした」
思いの他、するりと口に出来た。
阿含の動きが止まり、雲水を見下ろす。怪訝そうな表情。何か聞き間違いでもしたのだろうか、そんな表情。
「あ?」
漸く、阿含が反応した。嬉しかった。
「お前はここに残ればいい。俺は自宅から通う」
思わず、笑みが零れた。













+−+◇+−+
初めて書いた阿雲がこれってどうよ高槻さん。
しかもまたしてもお題に沿ってないし。
私の中の雲水と阿含のイメージは、雲水が「静寂、忍耐、努力、達観、潔白」で阿含が「暴力、飢餓、偽り、独占欲、力、幼稚」って所でしょうか。
基本的に私の書く阿雲は阿→雲な阿雲です。あと雲水←一休。
雲水が好きで好きで堪らない阿含と、仕方ないなあな感じだけどでもちゃんと阿含のことを好きな雲水。それが基本スタンスなのですが…初っ端から雲水が泥沼にはまり込んでいる話になってしまいました。しかも実は続き物。何故。
(2004/09/20/高槻桂)

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