9:愛は真心、恋は下心・・・てか?
(鴨川×一歩/はじめの一歩)




「お、一歩!」
会長室へと向かう途中、給湯室から顔を出した木村に呼び止められた。
「はい?」
「ちょいこっち来い」
「はあ」
言われるままに給湯室へと入ると、丁度木村が急須にお湯を注いでいる所だった。
「お前、会長のトコ行くんだろ?ついでにこれ持ってってやれよ」
お湯の注がれた急須と湯のみの乗せられた丸盆。
それらを見下ろしてからちらりと木村を見る。
「…また変な薬とか入ってるんじゃないでしょうね」
じと目で見上げると、木村はまさに心外、といわんばかりに肩を竦めて見せた。
「ばっか、お前見てただろ、オレはポットから湯を注いでそのまま蓋したんだぜ?」
「でも、そもそもなんで木村さんがここにいるんですか?」
「八木ちゃん、出張からまだ帰ってないだろ?で、いつも茶を入れてくれる人が居ない所に偶々近くに居たオレが指名されたってワケ」
おわかり?と小馬鹿にした様な物言いに、むっとする反面、疑って悪かったかも、と一歩は思い、そうだったんですか、と納得した。
「オレが持っていくより、お前が持ってった方が会長も喜ぶだろうし?」
ニヤニヤと小突かれれば途端に一歩の顔は真っ赤に染まる。
「きっ木村さん!!」
「おー怒った怒った!んじゃ、任せたぜ」
木村はけたけたと笑いながらも素早く部屋を出ていってしまい、一歩は「もう!」と唇を尖らせて半開きの扉を睨みつけた。
「あ、冷めない内に運ばないと」
そうして一歩は丸盆をそうっと持ち上げ、会長室に向かった。
急須の中に茶葉と湯以外の物が混入されていることも知らずに。




早朝から鴨川家に押しかけてきた一歩は何度も頭を下げながら謝った。
曰く、板垣が鷹村たちから話を聞いたらしく、それを聞いてすっ飛んできたと。
自分の不注意です、本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
案の定、彼は鴨川の前に正座し、泣きながら何度も何度も頭を下げては謝った。
「幕之内」
呼びかけると、びたっと上下していた頭が止まり、涙の浮かんだ大きな目を更にまん丸にして鴨川を見た。
「バカは鷹村たちだ。貴様のせいじゃねえだろう」
「は…」
涙でくしゃくしゃなままぽかーんとしている一歩の目元を指でぐいっと擦って苦笑した。
「どうした。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しやがって」
ぐしぐしと拭うというよりは擦られるがままになっていた一歩が会長、と何度も瞬きをしながら言った。
「口調が、その…」
言われて見て漸く気付く。そういえば。
「二回目だからか、前とは違う種類なのかはわかないが…何はともあれ、鷹村のバカどもを締め上げにゃならんようだな」
ちっと舌打ちして痒くも無い頭を掻き、見つめてくる視線に気付いてその手を止めた。
「どうした」
すると途端にぱっと頬を染め、照れくさそうに、けれど嬉しそうに肩を竦めて言った。
「いえ、さっき会長が、ボクのこと、『幕之内』って」
呼ばれちゃいました、と笑うその笑顔が幸せそうで、鴨川は無意識に顎を引いて瀬を伸ばした。
なんだ、これは。
目の前の青年が頬を愛らしく染め、笑むその姿にいつもはただ穏やかなものを感じていた。
しかし今は。
何かが、違う。
暖かく穏やかなだけではないものを感じる。
身体が勝手に動き出しそうになる。
手を伸ばし、抱き寄せたくなる。
その小柄な身体を腕の中に収めれば、彼はきっと赤面よりまず意味を図りかねてきょとんとするだろう。
会長?と問いかけるその唇に、
「いかん!!」
がばっと立ち上がると布団が足元にぼたりと落ち、一歩がびくっと身体を揺らした。
「か、会長?」
戸惑いの声にはっとして「いや、なんでもない」と米神を揉む。
今時分は何を考えた?
否、考えるな、思い出すな。
「会長、頭が痛いんですか?」
心配そうに覗き込もうとする一歩を手で制する。
「大丈夫だ。着替えるから居間で待っていろ」
何はともあれ今はあのバカどもだ。
ヤツらを締め上げてやらねば気が済まない。
「あ、はい。何かあったらすぐ呼んで下さいね」
そっと寝所を出て行く一歩を見送り、その足音が遠ざかると同時に鴨川は深い深い溜息を吐いた。





***
最初から急須の中に薬を仕込んでおくという頭が一歩にはありませんでした。純で鈍ですから。(笑)
給湯室なんて無いと思うのですがまああのビルだし。会長室の近くにありそうな気もしたので。
そもそもあのビル自体が元々は違う会社が使ってて、売りに出されていたのを会長が買ったんじゃないかなあ、と思うので、そういう設備もあるんじゃないかと。

 

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