愛してるの続き
………お前は、どうしたいんだ?
…………僕は…………
カッツェは日当たりのよいテラスで穏やかな風に包まれながら足を投げ出して座っていた。
「もう夕方だっていうのに、い〜天気だねぇ」
橙の空をゆったりと流れていく雲をぼんやりと眺めながらカッツェは隣で座る青年に声をかける。
「ねえ?クライブ」
クライブと呼ばれた青年は何も答えなかったが、カッツェは特に気にせず言葉を続ける。
「銃の撃ち方、せっかく教えてもらったんだから、ちょっと練習していい?」
カッツェは銃を相手の膝の上から奪うと、先程教わった通りに弾を装填し、立ち上るとかちりと安全装置を解除する。
「よいしょっと……実弾は初めてだね」
カッツェには少々重いそれを構え、城壁付近に見える樹の枝に狙いを定める。
ダァンッ
「わっ!」
弾を発砲した反動でカッツェの腕にびりりと痛みが走る。
「クライブ、いつもこんなスゴイの使っているんだ〜」
傍らで座るクライブに尊敬の眼差しを向け、再び銃に視線を戻す。
そっと自分の首に巻きつけられたベルトを撫で、そして銃を構える。
「あなたに、罪はないんだよ」
ダァンッ
もう一度城壁の外へと向かって発砲する。
ガゥンッ
もう一度。
ダァンッ
何度も、何度も。
テラスへ行くと、探していた人物の姿が見えた。
「クライブさん!こんな所に居たんですか」
カッツェはやっと見つけた、黒いローブに全身を覆われた青年に駆け寄ってその身体にきゅっと抱き着く。
「……探していたのか」
クライブは抱き返しながらカッツェを優しい眼差しで見つめてくる。
「うん、だってクライブさん、昨日から元気無いでしょ?だから僕、気になっちゃって…」
カッツェの言葉にクライブは一瞬辛そうに眉を寄せたかと思うと、ふ、と笑った。
「それより、銃の撃ち方、教えてやろうか」
「え?!本当に!?」
「ああ、お前が国王になった祝いだ」
カッツェは嬉々としてクライブの取り出した銃に触れる。
彼を仲間にした時からずっと気になっていた「銃」。伝説とまで言われたそれはカッツェを夢中にさせるのに十分だった。
「…これで、いいの?」
カッツェは教えられた通り銃を構えながらクライブを見上げる。
「そうだ、後はこの引き金を引くだけだ。撃ってみろ」
「弾は?」
「空弾で十分だ」
カッツェが引き金を引くと、ガチッという音が響いて軽い振動が腕に響く。
「まあ、流れはこうだ」
カッツェはそうっと銃を置くと、ふう、と肩の力を抜く。
「はあ〜重かった〜」
そう言うカッツェの二の腕をぐっと掴んでクライブは笑う。
「こんな細腕じゃあな」
その言葉にカッツェはむう、と頬を膨らませた。
「む〜悪かったね、細くって!」
「いや、お前はそれでいい」
すっと掠めるようにクライブはカッツェの唇に自分のそれを重ねた。
「あ…」
途端、カッツェは頬を朱に染めて俯く。
「……カッツェ、お前に言わなくてはならない事がある」
「え?」
カッツェが未だ赤い顔を上げ、クライブを見ると、彼は辛そうな表情でカッツェを見ていた。
「……ハルモニアへ、戻らなくてはならなくなった」
「え………」
心が、真っ白になった。
「ほえ猛る声の組合のギルド長となれ、と昨日の朝、通達が来た」
ずっと一緒に居られるものだと思っていた。
「ギルド長となるには当然ハルモニアの本部に戻らなくてはならない」
ずっと一緒だと囁いてくれた。
「戻ったらもう、ここへ来る事も、ハルモニア自体を出る事もままならないだろう」
好きだと、愛してると囁きあった。
「……組合は秘密主義だ。まず部外者を本部へ通す事はない」
生も、死も、共に分かち合うものだと
「………もう、二度とお前と会えなくなるだろう」
そう思っていた。
「………お前は、どうしたいんだ?」
…………僕は…………
カタリ、と置いてあった銃を取る。
弾の入っていない筈のその銃口をクライブ向け、「賭けをしようよ」と微笑む。
「僕が引き金を引いて、弾が出なかったらクライブはハルモニアへ帰る。もし……」
「弾が出た時は一緒に死んでくれるか?」
「!!」
カッツェは驚いた様にクライブを見る。
「どうして…!」
どうして、僕の言いたかった事と同じ事を言うの。
「お前を愛してる」
これじゃあ、あなたまで、悪くなってしまうじゃないか。
「俺の目の届かない所にお前を置いておきたくない」
あなたは悪くないのに。
これは僕のわがままなのに。
「お前と、生も、死も、共に分かち合うもので在りたい」
これは、僕の、わがままなのに……
「これは、俺のわがままだ」
カッツェはふるふると首を左右に振り、ゆっくりと安全装置を外す。
「二人の、わがままだよ」
「そうだな」
ぱりん
心の中で何かが割れる音を聞いたような気がした。
ああ、そうだ、もう僕は僕を作らなくてもいいんだね。
あなたと居るための口実も、考えなくてもいいんだね。
「クライブさん、そのベルト、一本頂戴」
カッツェはクライブの首に巻いてある二本のベルトを指差してにこりと笑った。
クライブは黙ってそれを外すと、外したそれをカッツェの首に巻きつけてやる。
「あ、分かっちゃった?」
ぺろ、と舌をだすカッツェにクライブは苦笑する。
「お前の考えなぞ浅すぎてすぐ分かる」
「ひっどーい!!」
カッツェはちょっとだけ怒ったような振りをすると、「でもね」と真顔になる。
「これは僕がもう自分にウソは付かないって証だからね」
「ああ、分かってるさ」
暫く見詰め合い、そしてふっと笑う。
突然、何かに動きを封じられた。
「カッツェ!!」
名を呼ばれ、はっとしてその声のした方を見上げると、そこにはキツイ眼差しを向けてくるオウランの顔があった。
「オ、ウラ、ン?」
「あんた何やってんだい!!」
ぼんやりと辺りを見回すと、そこには先程と同じように壁に身体を預け、まるで眠っているかように目を閉じているクライブ。そしてオウランの後ろにはシュウやクラウスたちがこちらを深刻そうな目で自分を見ている。
オウランに銃を奪われ、カッツェは不思議そうに首を傾げると、
「なにって…銃のれんしゅうだよぉ?」
ぽやんとした声音で答えた。
「クライブがね、おしえてくれたの」
カッツェはまるで菓子を強請るように「銃をかえして」と両手をオウランの方へ伸ばした。
「駄目だよ」
オウランがそれを拒むと、カッツェの声音が、視線が、ガラリと変わった。
「かえせ」
皆が初めて見る、暗くて陰険な視線を思い切りぶつけてくるカッツェ。
「駄目だ、たのむから聞き分けてくれ」
「かえせ」
それでも引かないカッツェにオウランが大きな溜息を吐いたその時、階下から二人の兵士が担架を運んでくる。
「あ」
シュウに指示を受けた兵士はクライブをかかえ上げ、その血を吸って重くなったローブから未だに冷えた血が滴るのに顔を顰めながら担架へと乗せる。
クライブの座っていた場所には大きな血溜りだけが残った。
「だめ、クライブ、つれていかないで!」
クライブを連れて行こうとする兵士にすがり付こうとしたカッツェの腕をオウランがしっかりと掴んで止める。
「はなして!はなしてよぉ!!かえらないって!ハルモニアにかえらないってクライブはやくそくしてくれたんだ!!!つれていかないでぇ!!!!」
「カッツェ!!ここで何があったかは知らない、だが、クライブは死んだんだ!!」
「そんなことわかってるよぉ!ぼくがころしたんだからぁ!!!」
その言葉に一瞬、オウランの力が緩む。
皆感付いていた。クライブとこの幼き国王が恋仲だという事も、クライブを撃ったのはこの少年だという事も。
でも、やはり信じたくなかったのだ。偽りであって欲しいと。
だが、その微かな願いは少年自らの手によって壊された。
その一瞬がカッツェをオウランの束縛から逃れさせた。
カッツェは落ちている銃を素早く拾うと運ばれようとしているクライブの元へ駆け寄っる。
「カッツェ!!」
仲間の制止も間に合わず、クライブの側へついたカッツェは銃口を自分の胸元に押し付けて引き金を思いっきり引いた。
――シュトルム…それは聖なる魂の宿りし銃…
君に審判を下させてゴメンね…これは…これは僕とクライブの……
わがままなんだ……
「弾、装填してないんじゃ、なかったの?」
不思議と硝煙の立ち昇らなかった銃口を下ろし、壁を背にして座り込んだクライブの傍らにカッツェはぺたりと膝をつく。
「お前、が……そして俺自身が…撃たれる事を…願ったからだ…シュトルムは、俺のわがままを……聞、いて…くれた…らしい……」
「よかった…」
カッツェは青ざめてきた愛しい青年のその唇に、そっと口付ける。
「大好き」
僅かに唇を放してそう囁くと、クライブは、微かに笑った様だった。
僕は、あなたの事を
あなたは、僕の事を
愛してる以上に、想っている。
でも、愛してるの続きを口にするのは怖かった
声にすれば消えてしまいそうで
だから僕は「愛してる」以上は言わないし、あなたもきっと言わない
だから、もっと探しに行こう
幻じゃないんだと信じられる事実を
愛してるの続きを口にできるまで
(了)
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……わっけわかりません。バイト中にポンっと浮かんだんで注文表にメモってたモノです(笑)この話の時間軸がぽんぽん前後していますが、念のため言っておくと、これ、わざとです。俺、こういうワケ分からない話はさっさと書き終わるんですよね。あっはっは。ああ、そういえばこれ、久々の自分のために書いたSSですね。ハイ、最近はリクしか書いてないからね…(苦笑)
(2000/06/14/高槻桂)