『有栖川有栖IN銀英伝(みっちの場合)』

 

昨年の宇宙歴798年、同盟軍との和平が結ばれてからというもの、戦艦が宇宙へと飛び出していく事は格段に減った。
それまで宇宙を駆け巡っていた軍人の上層部は資源の無駄遣いじゃないのかと思えるほどの大量な書類を片付け、反徒が出れば制圧に向かい、部下が暴走すれば窘め、戦い足りないと新皇帝がぼやけば平和が一番だと宥める。
それがこの一年で定着しつつあった光景だった。
その日常が崩れたのは、突然の事だった。
「ぅわっ?!」
隣りを歩いていたミッターマイヤーが突然声を上げ、ロイエンタールはまた転びでもしたのかと視線を向けた。
「どうし…」
ロイエンタールは言葉を飲んだ。
ミッターマイヤーの体は背後に現れた円状の闇にするりと吸い込まれていってしまっている。
(ワームホール!)
「ミッターマイヤー!」
伸ばした腕は、虚しくも空を切る。
「…!」
ワームホールは既にその口を閉じ、ミッターマイヤーを連れて何処かへと消えていた。
「チッ…!」
ロイエンタールは近くの部屋に駆け込むと、先人に有無を言わさず通信を繋げる。
「ワームホールが発生した。除去装置はどうなっている!」
突然のロイエンタールからの叱咤に研究員はびくりと体を竦ませた。
『そ、それが先程メンテナンスの為に五分ほどダウンしておりまして…』
「ワームホールにミッターマイヤー元帥が囚われた。直ちに調査隊を派遣しろ!」
場所を告げると相手の返事も聞かず、ロイエンタールは通信を切った。
そのまま部屋を出ると皇帝の執務室へと向かう。
(ミッターマイヤー…)
無事でいてくれ。
そう祈る事しか出来ない自分に、ロイエンタールは拳を握り締めた。




べきべきべきっ、どさっ
「……何や?」
アリスがその音に足を止めたのは、コンビニ帰りに通りがかった公園の前の事だった。
「…木に登った犬猫が滑って落ちた、にしては騒々しいしなぁ…」
公園の向かいにはマンションや一軒家が建ち並んでいる。覗きでもしようと木に登った不届き者が落下したという所だろうか?
「しゃあないなあ…」
何にせよ、今ので脚でも折っていれば歩けないだろう。
アリスは辺りを見回しながら公園へと入っていった。
「あー参った参った」
「ん?……ぅわ」
男の声のした方へ視線を転じた瞬間、アリスの表情は固まった。
全身に付いた草や葉を叩き落としながら出て来たのは確かに男だった。
年はアリスより遥かに年下だろう、人懐こそうな顔をしている。髪は染めたものとは違う、恐らく地毛だろう鮮やかな蜂蜜色。これも別に良い。そして身長はアリスと同じくらい。これも別におかしくはない。
だが、その格好が問題だ。
黒のスラックスに黒を基調とした上着。腰には銀色のベルトをはめ、何と真っ赤なケープを羽織っているのだ。
そういうのは基本的にアニメの世界と一部の会場内だけであり、突然降って沸いたとなればこれで引くなと言う方が間違っている。
「ん?」
向こうもこちらに気付き、顔を上げた。カラーコンタクトレンズでなければ明らかに日本人とは違うグレーの瞳が印象的だ。
(ど、どないしよ、目ぇ合ってしもた…)
コスプレ大好きっ子なんやろか、でもこんな街中でやっとったらおまわり来てまうで、等と考えていると向こうから「すまないが」と困ったような笑みを浮かべて声をかけて来た。
「ここは何処だが教えてもらえまいか」
明らかに日本人ではない彼の口から流暢な日本語が紡がれ、アリスは何処と無く面食らいながら答える。
「えっと…大阪の夕陽丘やけど…」
すると青年は「オーサカ?」と首を傾げた。発音がどうも怪しい。しかも「聞いた事の無い地名だな…どこの惑星だ?」等と呟いている。
電波だろうか。それともやはり先程の落下で頭を打ったのだろうか。
「そうですけど…えっと、こう聞いたら失礼やとは思いますが、もしかして、頭とか打ちはりました?」
考えていても仕方ない。フィールドワークに付いていく内に疑問に思った事は口に出すのが癖になってしまったアリスがそう問うと、青年は「ああ、申し訳ない」と苦笑した。
「ご心配痛み入るが、それなりに丈夫に出来ているので大事はありません。ただ…その、信じて頂けるかはそちらの判断にお任せしますが、恐らく自分はこの世界とは違う時空の存在です」
「はあ…」
信じる信じないという以前に……どうしよう。
まさか何かの宗教だろうか、と思っているとどうやら顔に出ていたらしく、青年は「宗教では無いのでご安心を」と苦笑されてしまった。何を安心していいのか未だ良く分からないが。
「自分の居る世界では時折ワームホールと言われる時空の穴の様な物が発生し、僅かな時間で閉じるのですが、それに巻き込まれると何処か予想も付かない所に飛ばされるのです。簡単に例えるのなら小型のブラックホールとホワイトホールでしょうか。本来なら発生防止の為のシールドが惑星全体に張られているのですが、その装置が故障したかメンテナンスの為に一時的にダウンしたのかは分かりませんがその隙にワームホールが発生してしまったと言う事です」
「はあ」
柔らかな声音で非現実的な内容を語られるというのはどうも奇妙な感じだ。
「という事はあなたはそれに運悪く巻き込まれて飛ばされてしまった、と?」
理解してもらえて嬉しかったのだろう、青年は「そういう事です」と微かに笑った。
「帰れへんのですか?」
「こちらからはどうする事も出来ませんが、あちらの研究員が磁場などの調査によって十日ほどで連れ戻してもらう事は可能です」
「十日て…それまでどないしはるんですか?今の時期、野宿なんてしたら凍死しますよ?食べ物かて…」
「……まあ、何とかしますよ」
そう曖昧に笑って青年は肩を竦めた。
こうなってくるとこの先の展開は見えてくる。
警戒心が低く、お人好し度が高いアリスがそんな事を聞けばどう言うか。
「せやったら、ウチ来て下さい」




「狭いですけど勘弁してやって下さい」
暖房のスイッチを付けながら、アリスが掛けて下さいと勧めると漸く青年はソファに腰掛けた。
流石にあの格好で住宅街を歩くのはちょっと、という事で寒いだろうが我慢しろ、と脱がされた上着とケープを側に置き、青年は物めずらしげに室内を見回している。
「コーヒーでええですか?」
「あ、お構いなく」
アリスはくすりと笑う。
「ええんです。構いたくて構ってるんですから」
アリスの笑みに誘われ、青年も「ではお願いします」と微かに笑った。
「どうぞ」
コトリとカップをテーブルに置き、アリスは青年の向かいに座った。
「えーっと、とりあえず自己紹介からしましょうか。名前は有栖川有栖言います。職業は作家です」
アリスガワアリス、と青年は繰り返した。
「その、失礼だとは思うのですが確認させて下さい。アリスガワの方が氏ですか」
「ええ、そうなりますね」
「有り難う。私はウォルフガング・ミッターマイヤー。あちらでは宇宙艦隊司令官を務めている」
どおりで堂々とし、はっきりとした物言いをすると思っていたが、ますますSFの世界や、とアリスは何処か達観した思いで聞いていた。
「凄いですね。今お幾つなんですか?」
「二十九歳になります」
「二十九?!あ、す、すいません!思っていたより年が行っていたのでつい…」
慌てて取り繕うと、彼は馴れてますから、と笑った。
「あ、でも私も人の事言えないんですけどね。よく童顔って言われます。今年で三十四になったんですが…」
すると、相手はぽかんとしたような表情をした。
「……三十、四、ですか…申し訳ない、年下か、良くて同年代だと思っていた…」
そう畏まる青年に、アリスは「お互い様と言う事で」と苦笑した。




奇妙な同居生活も早三日目を迎えた。
「何書いてん?」
少し遅めの昼食を摂り、リビングでコーヒー片手にのんびりしていると、ミッターマイヤーがアリスから貰ったレポート用紙に何やら書き込んでいた。
「日記の様な物だ。こんな体験、そうそうできる物じゃないからな」
すっかり打解けてます。
「そらそうやな。…うわ、それ、何語なん?」
ひょいと覗き見たそこには、英語とはまた違った横文字が綴られていた。
「帝国語…と言ってもわからないか…」
「うーん…ドイツ語に近い、かな…?」
ドイツ語?と首を傾げるミッターマイヤーに、アリスは書斎から和独辞典を持ってくる。
「こーゆーの」
手渡された辞書をぺらぺらと捲り、ミッターマイヤーは納得した。
「確かに。帝国語に近いな」
「せやけど、文字は通じいへんのになんで言葉は通じるんやろ」
「そういえば…」
そこの二人、それはこの世界において禁句です。
「…ま、えっか」
それより!とアリスはその瞳を輝かせて言う。
「観光、せえへん?」
観光?と先程と同じく首を傾げるミッターマイヤーに、アリスはそう、観光!と嬉しそうに言う。
「どっちにしろ十日せえへんと帰れへんのやろ?せやったらこっちの世界堪能しておいた方がお得と思わへん?」
これで本当に三十四歳なのだろうか、と思いながらもミッターマイヤーはそうだな、と思う。
「確かに、面白そうだ」
そう同意するや否や、アリスは即行動に移した。
「やっぱ奈良の大仏に鹿煎餅に新京極と嵐山〜!」
まるで修学旅行の定番コースだ。
ミッターマイヤーはそれがどんな所なのかさっぱりだったので気付かなかったが、ここに例の助教授が居合わせたなら、アリスがミッターマイヤーの観光を大義名分に滅多に向かわない奈良方面へ行きたいだけだったりもするんだろうと察しただろう。
「せや、金、銀閣寺と法隆寺も行かな!清水寺もええなあ〜」
アリスはそう歌うように言いながら衣装箪笥からオフホワイトとモスグリーンのコート二着を手に戻って来たかと思うとオフホワイトの方をミッターマイヤーに渡した。
「ミッチはこっちの方が似合うやろ。いや〜サイズが近いと便利やな〜」
ミッチ、とはアリスがミッターマイヤーの名前が長いと言って勝手に付けたあだ名である。
ミッターマイヤー自身、アリスに呼ばれると不思議と嫌な気にならないので好きにさせている。
「とりあえず今日は大坂巡りやな!」
たこ焼、お好み、もんじゃ焼き〜♪と、ミッターマイヤーからしてみれば呪文の様な即席歌を歌いながらアリスは並んで部屋を出ていった。





+−+◇+−+
パラレルラリレルラリラリラ〜・・・という事でパラレル満載の有栖川有栖IN銀英伝で御座います。
いや、ホントはIN銀英伝じゃなくてIN京極堂だったんですが。(爆)
何処でどう間違えたのか、(恐らく京極堂シリーズを読み返すのが面倒だった)気付いたらIN銀英伝になってました。
あと、ローエングラム王朝が出来た年も原作より2、3年ほど速めました。そして勝手に和平結ばせました。更に関係ないけどこの話の中ではヤン・ウェンリー健在です。さり気無く皇帝と仲良しです。
はい見事に脱線しました。とりあえず、勢いだけで書いてみましたがどうでしょう?あ、手抜きしただろとかそういう分かりきった事は聞かないで下さいねv(…)
続きは書こうかどうか迷ってます。何と言うか、気が済んだ。(爆)本当はこのあとミッチとアリスが仲良く、それはもう誰かさんたちが見れば腹立つほど仲良く奈良巡りして翌日は京都巡りしてその上英都大学(というか火村の研究室)にも押しかけるというプロットがあるんですが、私の中では既に映像化されてて結構満足してたりする。(笑)
うーん、とりあえず、リクエストがあったら続きも書いてみようかな?
何かアリス、京都弁混じってんなあ…いや、他にもあれこれ混じってるっぽいんですけどね。何せ私の口調がベースなので・・・(溜息)
あ、因みにミッチ×アリスじゃありません!(爆)二人とも総受けです!(…)
(2002/08/27/高槻桂)

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