『ワイン恋物語』

 

有栖は畳の上で寝そべり、ぼうっと天井を見上げていた。

ラジオから流れる音は今流行りの音楽から司会者の女の声へと変わった。

『えー、次のリクエストは東京都江戸川区の…』


別に聞きたい曲があったわけじゃない。
ただ、彼の部屋に彼と自分がいて、けれど何も会話の無いのは何処と無く乾いた雰囲気を齎したから。
別に彼と喧嘩をしたわけではない。彼も自分も機嫌が悪いわけではない。
ただこの夏の暑さに辟易しているだけで。

『このグループのメインボーカリストは…』

ぶーんと低い唸り声を上げて回る扇風機の音を裂くように、ラジオからは相変わらず女の声が流れ続けている。

ぱたぱたぱた、と団扇を扇ぐ音が聞える。
「火村」
視線だけを彼へ向けて名を呼ぶと、何だ、と壁に凭れ掛かって座っていた男はこれまた視線だけを向けてきた。
「俺も扇いで」
「自分で扇げ」
「けちやなあ、きみ」
「けちで結構」

『それでは、「ワイン恋物語」、どうぞ』

司会者の声と共に再び流れ出した音楽。
中性的な男の歌声が響く。

「……」
「アリス?」
突然起き上がったアリス。
「……アリス?」
それでも彼は応えを返す事無く、食い入るようにラジオを見ている。
そこから流れ出す歌を、否、アリスは。
「…何を、思い出した?」
反応はない。
「アリス」
先程より強く呼ぶと、アリスは漸く傍らの男を見た。
「……ぁ…」
だが、すぐにそれは気不味そうに逸らされてしまう。
「……っ…」
視線を逸らし、きゅ、と唇を噛み締め、アリスは己の胸元をきつく握り締める。
薄手のシャツが引っ張られる。胸元にまるで心臓を鷲掴んだように握り締められた両手。
「アリス」
「……悪い、俺、帰るわ」
「アリス!」
立ち上ったアリスの腕を取り、逃すまいとする。
「何を思い出した?」
無言で首を左右に振るアリスに、もう一度唇を開く。
「誰を、思い出した?」
びくりとアリスの肩が揺れる。
「……」
変わらず無言のアリスに溜息を一つ。
「ぅわっ!?」
捉えたままの腕を思い切り引き、倒れ込んで来たアリスを抱き寄せる。

失った愛を奏でる歌声。
その歌詞は、余りにも自分に似ていて。


「そんな運命なんて、あらへん…」


――なんや、辛気臭いツラしおって。ほら、


今でも、ほんの数瞬前の事のように思い出せる。


――笑えや、な?


余りにも、鮮やかな記憶。


「あったら、俺は……」


――アリス…


「君の所に、こうしておらんかった…ずっと、あの人の元に、おったんや」
「……まだ、」
「ちゃう。ちゃうんや、そうやなくて、」
キミに会えて、良かったな、て。
「…なんでそうなる」
話が繋がらない、とより一層眉間に皺を寄せる男。
「だから、俺があの人とずっとおるって運命や無かったから君とこうしておれるんやから、って思えば、あの人との思い出も、良かった事やて思えるんやないかな、思て」
「俺は思えん」
嫉妬丸出しの男にアリスは笑う。
「せやかて、俺があの人のトコおらんかったらこうならんかったかもしれんやろ?」
「なったかもしれないだろう」
「…堂々巡りやな」
「仕掛けたのはお前だ」
「それもそやったな」
むくれたまま、男はキャメルを一本咥える。
俺は無神論者なんだがな、とぼやきながら。
「らしくない話だ」
「全くや」
少しだけ、笑えた。

ああ、江神さん。

ありがとう、さようなら。





+−+◇+−+
リハビリと称して書いたのが有栖川ネタかい。
しかも江神さん出してるし。パラレルパラレル。(爆)
しかもかなり省いたので歌を知らない人にはさっぱり。
今日車ん中でかけてたんですが、「よく考えたらこれ火村×アリス(江神さんと付き合っていた過去有り)っぽい!」と思ってしまいまして・・・(爆)
歌詞を全く出さなかったのは規制が怖いので。(笑)
ていうか意味不明な作品に。

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