オトメチックエゴイスト〜第零の夜〜


私、捨てられちゃったの。
なんて。
悲劇ぶってみたって良いじゃない。
私だけが可哀想なフリして傷をワザとらしく晒して。

『私、捨てられちゃったの』

本当にかわいそうなのは、誰?





浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第零話「博士を象るアルケー」







大切な人を失いました。

それはある日突然のことでした。

永遠を信じていたわけではありません。
しかしながら近しい未来ならばそこにも彼の姿はあるのだと信じていたのです。
ですが彼は私の元を去りました。

私は何も知りませんでした。

どうして他人から知らされなくてはならなかったのでしょう。
彼と一番近い場所に居たのは私だったはずなのに。
それともそれは私一人の思い込みだったのでしょうか。
彼に捨てられた、と思ったことと同じ様に。
それは私一人の思い込みだったのでしょうか。

だとしても、私が彼に一番近しいと信じていたことは事実であり。
彼の不在を漸く理解した私が彼に捨てられたと感じたことも事実でした。

彼は私を形作る心の欠片の一つでした。
そしてその欠片が私の心の中心だったのだと気付いたのは、彼が私の前から姿を消して、実に一年の月日が流れてからのことでした。

全ての感情を支えていた中心を失った私の心はその時既に歪んでいました。
しかし、私自身はそれを奇異だと思うことはありませんでした。
ただただ、その空白が奇妙な冷静さを齎し、虚しいほどの穏やかさを齎し。
私は衝動に突き動かされるがままに白紙を文字で埋めていくのでした。
彼が教えてくれたように。
彼の影に操られるように。


私はただ、知りたかったのです。


それこそが私を象る、











乾はポケットから携帯電話を取り出すと手馴れた手つきで目的のアドレスを引き出し、通話ボタンを押した。
「…やあ。今いいかい」
数回のコールの後、不機嫌そうな声が回線越しに聞こえてきたが、乾は構わず続けた。
「まだ会場付近にいるかい?…ああ、それは丁度よかった。これからそっちに行ってもいいかな……うん、ありがとう。……ああ、いいさ。手塚には大石がついてる」
短い沈黙の後、大丈夫なのか、との問いに乾は微かに笑った。
「手塚の肩なら大丈夫だよ」
しかし相手はそうじゃない、と返す。
お前の事だ、と。
「……まだ、大丈夫だよ。でも…そうだね、手塚は駄目かもしれない」
新しいのを探さないと、と呟かれたそれに回線の向こうで数秒の沈黙が落ちる。
「残された時間も少ないことだし」
そうだな、とだけ返ってきた応えに乾は微笑さえ浮かべて頷いた。
「でも、もう次の目星はつけてあるんだ」
僅かに喜色を滲ませてそう告げると、ウチのヤツらじゃねえだろうな、と訝しげな声が返ってくる。
「さすがにお前のいる氷帝には手を出さないよ」
今度はね、と乾はもったいぶる様に一呼吸おいて告げた。


「立海大附属中」








(2007/06/29/初出)

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