オトメチックエゴイスト〜第壱の夜〜
あなたは私にとても優しい。
私にやさしく触れる唇がとても好きなのよ。
あなたは誰にだって優しい。
他人にやさしく微笑む唇がとても嫌いなの。
私にとってあなたは何?
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第一話:「乾貞治と手塚国光」 「好きだよ」 微笑むわけでもなく、思いつめたわけでもなく、ただその身に他の者へとは異なるものを纏い、乾は手塚にそう告げた。 「好きだよ」 それは愛を語らうと言えるような、そんなものではなく、ようやく幼子としての時期を越えたばかりのひたすら純粋な子供のそれであった。 友の一言で済むほど容易くも無く、恋人と呼べるほど難しくも無い。 陸を歩くでもなく、ならば海を泳ぐようかと言われればそうでもなく。 まるで、日差しで僅かに微温った、それでいてひんやりとした心地良い川の浅瀬を歩くような。 たとえるなら二人は、乾貞治と手塚国光は、そんな関係だった。 乾が手塚の肉体を求めることはなかった。 乾にとってそういった行為は必要不可欠なものではなく、求められない限りはする必要のないことのように思えた。 ただ唇で彼のきめ細かな肌に触れるのは好ましかったので、時折、思い出したように口付けを交わすことはあった。 それは次の行為を促すものではなく、言葉を交わす事と同じくらい、何でもないことであり、自然なものだった。 声をかけたのは乾からだった。 同じテニス部で、一年でありながら二、三年を凌ぐ実力を持った為の親近感からだったのだろうか。今となってはどうでもよいことだったが、気付けば手塚の隣に乾がいるのは彼ら自身だけでなく、周りからもそれがあたり前の光景となっていた。 しかし二年生へと進級し、しばらくすると部活以外で乾と手塚が顔を合わせる機会は格段に減った。 それでも、昼食を共にすることは絶やされること無く続いていた。 ただ、去年までと違うのは、乾の隣には、二人の共通の友である不二周助の弟、裕太の姿があるということだった。 乾は今まで手塚と過ごしていた時間のほとんどを裕太との時間へと変えていた。 テニス部へ入部しようとしない彼を説得するためか、それとも乾が個人的に彼に興味を抱いたのか。 それは判別しかねたが、だからと嫉妬の念を揺らめかすような関係でもない手塚がそれを乾に問うようなことはできなかった。 ただ、傍らに在るのがあたり前となっていた乾の不在が、手塚の心に微かな寂寥を齎した。 (第二話に続く) (2001/10/14/初出) (2007/07/17/改定) |