オトメチックエゴイスト〜第壱拾参の夜〜
あなたって本当に酷いのね。
愛情を振りまくだけ振りまいておいて。
期待させるだけ期待させておいて。
その四つの音であの人たちを縛り付けておいて。
その責任なんてとろうとしない。
本当に、酷いのね。
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第13話「不二周助の告白」 最近の二人は仲が良い。 いや、仲が良いのは前からなんだけど、最近は得にそんな感じがする。 さして二人の態度が変わったわけでもなければ、二人から何か聞いたわけでもない。 何かあったな、とは思ってるけど。 ただ、唯一変わったな、と思ったのは二人の視線。 例えば手塚。 「菊丸、今のショットだけど…」 「えー?」 手塚がちらっと声のした方を見る。 何だか、乾を見ている時間が増えたような気がする。 何より、その視線が不安定。 和らいだと思えば不意に固くなる。 まるで、幸せと不安を行ったり来たりしている様なその視線。 そして乾。 「じゃあ、大石、ちょっとボール出ししてくれるか?」 「よし、じゃあ菊丸、行くよ」 「オッケー」 ほら、また手塚が乾を見てる。端から見ればコート全体を見ているようだけど、僕の目は誤魔化せられないよ。 「?」 あ、乾が手塚の視線に気付いた。 乾はすぐに視線を逸らして菊丸の方へ視線を戻してしまった。手塚も自分の練習に戻っている。 何なワケ? 何だか、違うんだよね。 ただふいっと逸らしただけなのに、何か、違うんだよね。 ムカツクなあ。 「ねえ、眼鏡、外してみてよ」 休憩中、乾に歩み寄るなりそう言うと、乾は予想通り、「何で」と返してきた。 「僕が見たいから」 「ヤだね」 「けち。見せてくれたって良いぢゃないか」 これまた予想通りの応えに、僕は詰まらなくてどっかと乾の背に抱きついた。 「不二、重いんだけど」 「そりゃあ態とだし、当り前ぢゃあないの?」 「……まあ、良いけどね」 ふうっとため息をつきながらも邪険にしない乾。 「乾のそう言うとこ、好きだよ」 同時に、大嫌い。 「…そりゃどうも」 「御褒美」 ちょっと調子に乗って、乾の背中に抱きついた姿勢のまま、乾の頬に小さなキスを落としてみる。 「オイ」 さすがにこれには呆れたらしく、さっきより大きなため息。 それでも突き放さないんだね、君は。 だから、危険なんだよ。 「不二、乾が困ってるだろう」 おっと、やっぱり来たね、手塚。 「えー?乾、困ってる?」 「いや。まあ強いて言えば重いかな」 ほら、そうやって君は大抵の事は何だかんだと言いつつも、さらっと受け入れる。 無条件の愛情と優しさ。 僕ですら、心地良いと思ってしまう。 残酷だよ。君は。 本当なら突き放さなくてはならない所でも、君はそれを受け止める。 君に多大な好意を寄せられていると、勘違いしてしまう。 実際、好意を寄せているのは自分だと気付かずに。 寄せられているつもりで、知らず寄せてしまう好意。 真実に気づいた時どれだけ失意に陥るか、君はわかっているんだろうか。 「…不二、聞いているのか」 「えー?ゴメン、聞いて無かったよ」 「…だから、余り乾に迷惑をかけるなと言っているんだ」 わずかに苛立った口調に、納得する。 ああ、やっぱりそうなんだ。 手塚、君も気付いてしまった一人デショ? だから、そんなに傷ついているんだ。 与えられる愛情が嬉しくて、乾に好意を寄せてしまう。 そして気付く。 乾のその愛情は恋情でもなければ自らにだけ向けられるものでも無いのだと。 「ねえ乾、ちょっと放課後、手塚借りていいかな?」 裕太は気付かなかった。ただ乾への恋心を秘めたまま、乾との別離を選んだ。 知らなくて良かったね、裕太。 けれど、手塚は気付いて尚、乾の傍に在る事を選んだ。 「本人に聞けば?」 「だって手塚に聞くと「忙しい」とか言いそうだから」 今の君には、乾しかいないから。 自分でも気づかぬほど微かに、もしかしたら自分を求めてくれるかもしれないと期待して。 「つまり、俺は手塚が帰ってくるまで代わりに部誌を書いておけば良いわけね」 「さすが乾。よく分かってるぢゃない」 「と、言うことでいってらっしゃい、手塚」 「……今じゃ駄目なのか?」 しかめっ面の手塚。 「うん、ごめんね。ここぢゃあ駄目なんだ」 「……十分だけだぞ」 「余り長話して乾に迷惑かけると手塚が怒るしね」 今みたいにね、と付け加えるとますます手塚の表情が苦くなった。 ちょっと面白い。 「それぢゃあ、また後でね」 乾から体を起こし、英二の所へ行く。 ちらりと振り返れば、予想通り、メニューを話し合う二人の姿があった。 (第14話に続く) (2001/11/08/初出) (2007/07/29/改定) |