オトメチックエゴイスト〜第壱拾七の夜〜


今以上を望むのはいけないことかしら。
これ以上を望むのは高望みかしら。
もうこれだけで十分だって思おうとしてるのに。
あなたを欲しがる想いが止まらないの。





浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第17話「手塚国光と大石秀一郎」


「………?」
本日何度目かの視線を感じ、手塚はコートを振り返った。
「!」
視線の主と目が合うと彼は慌てて視線を逸らしてしまう。
「?」
何なのだろうか、一体。
「乾、先ほどから海堂の視線を感じるのだが…」
隣に居た乾にそう言うと、彼はそういえばと手塚を見下ろす。
「言い忘れてたけど、昨日手塚が寝てる時、海堂、部室に戻ってきたんだよね」
怒鳴られるのを覚悟でさらっと告げると、意外にも眉間の皺が増えた程度だった。
「……………」
「あれ、怒らないんだ」
「呆れているんだ」
「ああ、そっちね」
怒りも通り過ぎちゃったんだ?
乾の言葉に手塚は視線を伏せる。
「…そうだ」
視線を伏せ、合わせようとしない手塚に乾はその顔を覗き込む。だがすぐさま顔を逸らされてしまい、彼の顔を覗き込む事は適わなかった。
「手塚?」
「休憩終了だ。レギュラーにはいつものメニューを」
それだけ告げると手塚は足早に大石の元へと向かってしまった。
「こりゃ拗ねたかな?」
手にしたラケットで肩を軽く叩きながら乾は小さく苦笑した。


「うん、だから菊丸や不二にはこの方が…」
大石の説明を聞きながらも手塚の意識は先程の乾との会話が離れなかった。
――あれ、怒らないんだ
さすがの乾も気付かなかっただろう。
海堂に見られたと聞いた時、不意に浮かんだ思い。

……もし、本人に関係無しに、周りが二人を「友人」でなく、「恋人」だと認めたら。
乾は、自分をそういう対象として考えてくれるのではないだろうか。

そう思ってしまった自分に手塚は恥じ入った。
呆れたのは乾にではなく、自分への呆れ。
これ以上は、望まないと決めたのだ。
「手塚?」
不思議そうな大石の声にはっとする。
「珍しいな、手塚がぼーっとするなんて」
「ああ…すまない」
「乾と何かあったのか?」
「いや……」
他人からの口から紡がれる彼の名に、知らず手塚の顔が綻ぶ。
「大丈夫だ」
大石は驚きに目を見開いたが、すぐに「そうか」と笑った。
手塚がこんな風に笑うのは始めてだったから。
誰からも一線を置いて過ごしてきた手塚に、大切な何かが出来る事が、ただ嬉しかった。

大丈夫。
俺は乾の傍にいる。
乾はそれを受け入れてくれた。
それだけで、俺は…。

それだけ、で……






(第18話に続く)
(2001/11/22/初出)
(2007/07/29/改定)

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