オトメチックエゴイスト〜第壱拾九の夜〜


何だか胸がもやもやしてて、変な感じ。
一体何なの?





浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第19話:「海堂葉末」



「…ただいま」
珍しく部活の無い日曜。
コンビニから帰った海堂は片手に下げたビニル袋を揺らしながら居間へと向かった。
「やあ、お邪魔してるよ」
予想だにしなかった人物がソファに座っており、海堂はその口をあんぐりと開けた。
「い、乾先輩?!」
「遅いですよ、兄さん」
驚く兄とは正反対に、落ち着き払った弟の葉末が小さく溜息を吐いた。
「折角部活の先輩が尋ねて来て下さったというのに、一体何処まで行っているやらと思いましたよ」
やれやれと肩を竦める葉末に、乾はいや、と苦笑する。
「突然尋ねたのはこっちなんだから構わないよ」
「乾さんがそう言うのなら仕方ないですね」
「ところで海堂、いつまでそこに立っている積もりだい?」
乾に指摘され、漸く正気に戻った海堂は、未だ事情が飲み込めず、困惑した表情で乾の向かいに腰を下ろす。
「近くに寄ったついでに猫の様子を見に来たんだけど、元気そうで良かったよ」
猫、と言われ、海堂は漸く乾がここへ来た理由を悟った。
「里親、見つかったんだってね」
「あ、ハイ」
母が買い物がてら言い触らしたらしく、つい先日引き取り手が見つかったのだ。
「良かった」
そう笑った乾に、海堂はどうも落ち着きが無くなり、曖昧に頷いた。
「それじゃあ、そろそろ暇させてもらうよ」
「え、もう帰るんですか?」
ソファから立ち上がった乾に海堂はそう問い掛ける。
何故だか、とても寂しい気がしたので。
「うん、猫も見させてもらったし、海堂にも会えたし」
葉末が彼の着て来たコートを差し出し、ありがとうと彼が笑いかける。
「いえ、また是非いらして下さい」
満更でもなく嬉しそうな弟に、海堂は何故かむっとする。
「じゃあ、また明日学校で」
玄関口で靴を履いた乾がそう海堂に微笑み、またね、と葉末にはにっこりと笑いかけた。
小さな子に対するそれと分かっていても、乾が自分より葉末に対して愛想が良いのがどこか気に入らない。
何故と己に問う前に乾が扉を開け、海堂は慌てて小さく頭を下げた。
「…乾さんって父さんより背が高いんじゃないでしょうか」
静かに扉が閉まり、不意に葉末がそんなことを呟いた。
「そうだな」
そう短く返してリビングに戻ろうとすると、そういえば、と葉末の声が上がる。
「乾さんに「それだけ背が高いと視界はどんな感じなんですが」って聞いたんです」
「は?」
足を止め、葉末を振りかえると自分に良く似た弟は珍しくにっこりと笑った。
「そうしたら、「見てみれば分かるよ」って抱き上げて下さいました」
視点が変わるだけで、見なれたリビングが違って見えるとは思いませんでした、と彼は続けたが、海堂の耳には届いてはいなかった。
「……フン、ガキ」
海堂はそう吐き捨てると、リビングに向いた足を自室へ変え、足早にその場を立ち去った。
どうしようもない不快感だけが、彼の後を追いかけた。




(第20話に続く)
(2002/01/10/初出)
(2007/07/30/改定)

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