オトメチックエゴイスト〜第弐の夜〜
大嫌い。大嫌い。大嫌い。
付き纏う影も囁かれる言葉もみんな大嫌い。
暗闇の中で耳を塞いで叫ぶしかなかった私。
あなたが照らしてくれた。
私はその手をとってもいいの?
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第二話:「乾貞治と不二裕太」 裕太は現状が不満だった。 テニスをやりたいとは思う。けれど、そこには常に兄の影が付きまとった。 「不二周助の弟」 それが裕太への回りの評価だった。 そんな視線がわずらわしく、また兄を超えることのできない自分への苛立ちとなって彼を苛んだ。 苛められるのが嫌で不登校になる子供のように、不二周助の弟と扱われるのが嫌で裕太は毎日が憂鬱だった。 そんな中でも、裕太には己の足取りを軽くする存在がいた。 それが二年の乾貞治だった。 春の終わり、テニスコートからは幾ばか離れた場所から練習風景を眺めていた裕太に、背後から声が掛かった。 君は入らないのかい、と。 逆光の所為で向こう側の見えない眼鏡。一年生ではないだろう、中学生にしては高い身長。そして背負ったテニスバッグから彼がテニス部員である事を示していた。 否、と彼の問いを返すと今度は何故、と問われる。 それに答えないでいると彼は裕太の名を当てた。 不二から聞いているよとその言葉に、兄の差し金かと邪推し、彼への視線を強めた。その視線を平然と受け止めながら乾はほんの微かに首を傾げた。 「何故ここに居るんだい」 乾の言葉に裕太の目が見開かれる。比較されるのが嫌なら始めから兄と同じ所へ来るべきではない。本当に嫌なら、少しでも兄から遠ざかりたいのなら他の学校へ行けば良い。 まるで、兄離れの出来ない子供の様な謂れに裕太は唇を噛み締めた。 それを真っ向から否定出来ない自分への嫌悪感が沸き上がってくる。 「柿ノ坂にテニススクールがある」 彼は徐に小脇に抱えたノートを開き、何やら書き込むとそのページを破って裕太に差し出した。そこには柿ノ坂のテニススクールへの行き方と簡易地図が記されていた。 それを困惑気味に受け取って見上げると、彼はそれじゃあ、とさっさとテニスコートへと向かっていってしまった。 彼は裕太にどうしろとは言わなかった。 どうするかは自分次第。 彼は裕太が見えていなかった足元の選択肢を照らしただけ。 「………」 裕太はそれを四つ折りにし、胸ポケットの中へと押し込んだ。 そういえば、名前すら聞いていなかった事を今更ながら気付いた。 (第三話に続く) (2001/10/14/初出) (2007/07/19/改定) |