オトメチックエゴイスト〜第弐拾壱の夜〜
あなたの心は何処にあるの?
あなたの想いは何処にゆくの?
あなたは優しく笑うけれど。
その笑顔にはぽっかりと空白が覗いている。
その微笑みには何かが欠けている。
そんな気がしてならないの。
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第21話:「海堂薫、その視線の先」 「英二、起きて。エージ」 「……ん〜…」 揺り起こされ、菊丸は眠りから強制的に脱退させられた事に不満げな声を上げながらもうっすらと瞼を開いた。 「おはよう、英二」 「ちゅーっす、エージ先輩」 「…あれ?何で不二と桃が俺らの部屋にいるワケ?」 菊丸はがばっと起き上がると首をかしげ、未だ霞の掛かった思考を覚ますように大きく伸びをした。 時計を見るとまだ起床時間までに一時間近くある。 外も漸く日が上がり掛けている頃だ。左隣に大石、右隣には海堂が未だ寝息を立てている。 「これから手塚と乾の部屋に忍び込もうと思って」 「部長の寝顔とか乾先輩の眼鏡外した素顔とか、興味ありません?」 不二と桃城の言葉に菊丸の脳が完全に覚醒する。 好奇心の塊に等しい菊丸にその企画は美味し過ぎた。 「見たい見たい!!」 大きな目を輝かせ、菊丸は子供のようにきゃっきゃとはしゃぐ。 「ぢゃあ、そぉっと行ってみようか」 三人ともが寝巻き姿に上着を羽織った姿で部屋を出て行こうとすると、そこに制止の声が上がった。 「三人とも、何処へ行く気だい」 「あれ、大石起きちゃったよ」 むくりと起き上がった大石に、菊丸はぴらぴらと手を振る。 「おっはよ〜、大石」 平然としている三人を大石は胡乱げな目で見回す。 「おはよう、三人とも。随分早いみたいだけど、また何か企んでるんだろ」 菊丸が蒲団から這い出した辺りから眼が覚めたらしく、彼は事情を知らない様だ。 桃城が「手塚部長&乾先輩のおはようドッキリ企画」を説明すると、そんな事だろうと思ったと、大石は寝起き早々に大きな溜息を付く羽目になった。 「鍵が掛かってるだろう」 そう言ってからふと気付いた。不二と桃城はどうやってこの部屋に入ってきたのだろう。 菊丸が開けたのかと見ると、菊丸もそう言えばと不二と桃城を振り返る。 「ああ、そんなの簡単な事だよ。ピッキングしたんだ」 そういって不二はにこやかに一本の捻じ曲がったピンを差し出した。 不二、それ犯罪行為だから…。 大石の嘆きも、菊丸の「不二、凄い!」という嬉々とした声にかき消されてしまう。 「ぢゃあ、そう言う事で行ってくるヨ」 「ちょ、三人とも…!」 不二がにこやかに笑い、三人は部屋を出て行く。 「ああもうっ…」 大石は上着を取るとその後を追った。 被害をこれ以上拡大させない為に。 「「「「………」」」」 大石一人に彼らを止められる筈も無く、結局彼らの後に付いて手塚たちの部屋へとやってきていた。 「………どう思う?コレ」 声と言うには掠れ掛けた小さな声で問う不二に、一同はあははっと意味の無い笑いを漏らすしか出来なかった。 「……何で一緒の蒲団で寝てんスかね」 「ねえ不二、二人ってそーゆー関係なワケ?」 「違うハズだけど……」 「………」 やってきた四人を迎えたのは、同じ蒲団で眠る手塚と乾の姿だった。 御丁寧にも手塚は乾の腕枕で寝ている。 「服は?」 不二の言葉に菊丸と桃城は顔を見合わせる。 確かに乾は着ているようだが手塚は首から下はすっぽりと蒲団に潜ってしまっていてわからない。 「………」 菊丸がそっと蒲団の端を持ち上げ、なんだ、と気の抜けた顔をした。 「着てるよ〜」 何故か残念そうに呟く菊丸。 「…ん……」 もぞりと手塚が動いた。四人は体を強張らせたが、どうやら蒲団を捲られて寒かったらしい。 「……ぃ…」 寒い、とでも言ったのだろうか。言葉と言うより、うめく様に小さく声を発すると近くの温もり、つまり乾の体に擦り寄った。 「……ラブラブ?」 「桃、それ死語だから」 「……何してんの?」 思わぬ声に一同が声のしたほうを見る。 手塚に気が行っていて気付かなかったが、乾が目を覚ましていた。 しっかりと眼鏡を着用して。 「あ、乾おはよう」 「おはよう、不二」 バレても一人平気な顔をしている不二がひらひらと軽く手を振った挨拶にも、乾は律儀に返してくる。 「あっ!手塚に気を取られてて乾の素顔見てにゃい!」 「……?」 くそぅっと菊丸悔しそうに声を上げるが、その声で手塚までもが目を覚ましてしまった。 「……何の騒ぎだ」 よもや自分たちが原因だとは思わない手塚が未だ寝惚けた声を上げると、乾の視線とぶつかった。 「おはよう、手塚」 「おはよう……」 緩慢な声音でそう返し、漸く思考が動き始めた手塚は状況を把握する。 「ど、どうやって入ってきた?!」 自らの置かれた状況に、手塚は慌てて体を起こすと乾の蒲団から出た。 その顔は見事に朱に染まり、耳まで真っ赤だ。 「コレ」 不二の取りだした一本のピンに手塚は脱力する。 そうだ、こいつはこういうヤツだった。 そんな事よりまずは自分だと手塚は慌てて鞄の中から上着を取りだし、それを寝巻きの上から羽織う。 「手塚、顔真っ赤」 「煩い」 恥ずかしさ紛れに手塚は菊丸のにやけた声を切り捨てる。 後でグランド20周だ、と。 「………そうッスか」 何故か余分に走っている菊丸、不二、大石、桃城の四人の姿を乾に問うと、彼は苦笑半分に今朝の顛末を話してくれた。 「ホント、部長と乾先輩って仲良いっすね」 皮肉を込めてそう呟くが、乾はそれに気付いているのかいないのか、「そうだね」と彼は笑う。 「手塚は、特別だから」 「………」 「ああ、しつこい様だけど、手塚とそう言う関係な訳じゃあないから」 沈黙した海堂に乾はそう苦笑する。 その言葉を聞くのは二度目だ。 「別に、どうでもいいっすから……」 けれど。 ずきりと痛む胸元。 無意識にそこへ手を当て、真新しいジャージを握り締める。 「海堂?」 誰かを特別と思うその気持ち。 人はそれを、恋と呼ぶのではないのでしょうか。 (第22話に続く) (2002/01/31/初出) (2007/07/30/改定) |