浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第22話:「越前リョーマ」



少年はオープンカーの助手席で流れゆく景色を眺めていた。
春とはいえ、さすがにオープンカーは少々肌寒い。
だが、運転する男から強引に借りた上着のおかげで、さほど寒さを感じさせなかった。
「ねえ」
信号の赤に車を止めると、少年が景色を眺めたままハンドルを握る男に話し掛ける。
「今日はあの五月蝿い人たち、居ないんだね」
誰、とは言わなかったが男にはそれで十分だったらしい。
二人の間に置かれたラジカセに手を伸ばし、きゅるきゅると早送りを押す。
『二人とも仕事に出ている』
再生ボタンを押せば、男の声で少年の問いへの答えが紡ぎ出される。
「へえ。ウチの親父以外に依頼するやつ、居るんだ。あ、これ頂戴」
その可笑しな返答の仕方に少年は慣れているのか、勝手に備え付けのボックスからアーモンドの入った袋を取り出すと返事もまたず、勝手に一つ齧る。
カリリと耳触りの良い音が響き、同時に車は再び走り出す。
「でもウチみたいな依頼って結構あるワケ?」
『俺が長期間一人に付くのは基本的に無い』
片手でハンドルを握り、再生ボタンを押す指を見ながら「へえ、」と少年は小さく笑った。
「じゃあ俺は基本的範疇外なんだ」
『そういう事だ』
それから暫く沈黙が続いたが、少年の見覚えのある景色になって来た頃、
「止めて」
男を仰ぎ見る。
「この辺で良いよ。校門に乗り付けると目立つからさ」
少年の言葉に、男は無言で車を道路脇に付ける。
完全に停車するのを見計らって少年は車を降り、借りていた上着を助手席に落してテニスバックを担いだ。
「帰りもこの辺で待っててよ」
お気に入りの帽子を被ってそう言うと、男は小さく頷いて車を発進させた。
「青春学園、ね」
走り去るオープンカーの後姿を見送り、小さな溜息を吐く。
「恥かしい名前」
帽子を目深に被り、少年は歩み始めた。




「よお。お前んち、どっちだ?」
部活見学を終え、さっさと帰ろうと校門を潜ると、背後から髪を逆立てた二年が気さくに声をかけて来た。
桃城武。今日知り合ったばかりの「部活の先輩」。
「……あっち」
恐らく自宅があるであろう方向を指差すと、そのアバウトさに桃城は苦笑した。
「つーと…寺の近くか?俺、自転車なんだけどよ、乗せてってやっても良いぜ」
「今日は迎えが来てるんで遠慮するッス」
「へーえ?親御さんか?夕飯でも食いに行くのか?」
「別に」
ちゃっかり隣りを歩く桃城に、何で付いて来るんだと視線を上げる。
「こっちに駐輪所があるんだよ」
「へえ」
自転車登校をしない自分には関係ないと言わんばかりの気の抜けた返答を返し、視線の先に目的のオープンカーの存在を認める。
車はリョーマがやって来た事に気付き、エンジンの音を唸らせてこちらへやって来た。
運転している男は父親というには若く、兄と言うのも何か違う、目付きの悪い男だった。
乗れ、と無言でリョーマに顎で示すと一筋だけ垂らした長い前髪が揺れる。
「それじゃ」
ぽかんとしている桃城に会釈をし、リョーマは車に乗り込む。
車は少年を乗せると、エンジン音を響かせて桃城の視界から遠ざかっていった。
「……ミステリアス系?」
既に角を曲がり、見えなくなった車の後姿に桃城は首を傾げて呟いた。






(第23話に続く)
(2002/02/04/初出)
(2007/07/30/改定)

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