浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第23話:「遠い昔の話(越前リョーマ)」



出る杭は打たれる。
生まれ故郷の諺だとオヤジが言っていた。
生まれ故郷、ねえ。
実際、日本にいたのは記憶に無いくらい小さな頃。
だから俺の一番古い記憶は既にこの地のものだった。
まあとにかく、テニス界で俺は「出る杭」だったってワケ。
最年少で彼方此方の大会で優勝を奪い取り続ける俺の存在は、妬みの対象になり易かった。
ロッカーに置いておいた物が無くなったり隠されたり壊されたり。
そんなのは日常茶飯事で、買い替えが面倒だったからいつも持ち歩いていた。
となると今度は実力行使に出てくる奴が結構いて。
俺は確かにテニスは強いけど、正直な話喧嘩は強くないんだよね。
だからそうなると面倒だな、と思ってた。
それと、更に面倒な事に俺って結構誘拐され易いんだよね。
ここで「美しいって罪」とか言うと俺自身が総毛立って倒れそうだから言わないけど(実際この時点でかなりの寒気がする)一般的に言うと俺の顔は可愛い部類に入るらしい。
俺自身にとっては嬉しくも無い評価だけどね。
だからスクールの帰りとか、知らないオッサンやオネエサンに声を掛けられる。
悪いけど、そこであんたらについていくほどバカじゃないんでね。
いつも無視して遣り過ごしてた。
たまにこっちも実力行使に出ようとする奴がいたけど、取り敢えず今の所難を逃れている。
これに関してはオヤジも結構悩んだらしくてさ。
悪いね、無い頭悩ませて。
そこに、あの人が現れた。
「リョーマ、コイツがこれからお前のボディガードをやる事になった」
休日の午後、部屋で雑誌を読んでいた俺の前に、オヤジが一人の男を連れて来た。
呼び名は「COOL」。
つーか一般市民にボディガード。
オヤジ、バカじゃないの?ちょっとやり過ぎ。
そいつの本名は知らない。
俺やオヤジと話す時はいつも日本語。
んで、最大の特徴は、ラジカセで喋る事。
変な奴。ていうか気に留めてないオヤジも十分変。あ、今更か。
普通に喋れば良いのにとか思ったけど、馴れた。
けどあの人の生の声、聞いた事が無いってのが何か癪に障ってさ。
一度あの人の上着の中に仕込んであるカセットテープを全部捨ててみた。
怒った怒った。
何も言わなかったけどあれはかなり怒ってたね。
結局拳骨が一発落ちたけど、それだけだった。
子供は嫌いだの苦手だの鬱陶しいだの。
ならこんな仕事受けなきゃ良かったのに。
スクールからの帰り、そう言ってみた。
「…「越前」の頼みだからな」
この時、初めてこの人の肉声を聞いた。
「越前の頼みを断るな。祖父さんの遺言だ」
「何それ。アンタの祖父さん、ウチの祖父さんの知り合い?」
「……祖父さんはお前の祖父さんの兄だ」
冗談はよせ。
つまりそれはアレか。
この人と俺は親戚か。
何でウチの家系ってこうも灰汁の強いキャラばっか生き残ってんだよ。
「アンタも大変だね。ウチの頼みだからってこんな子供のお守りさせられるなんてさ」
「……」
何時の間にか家の前。
いつもの無言になった人にそれじゃあね、と門を潜ろうとすると頭に何か乗せられた。
「……何?」
乗せられていたのはあの人の手で、ぽんぽん、と撫でたいのか叩きたいのか分からない動作をして手を離した。
「……」
そして無言で立ち去っていく。
コラ、説明しなよ。
でも立ち止まる気も説明する気も無い背中に俺は小さく肩を竦めて玄関へ向かう。
…まあ、悪い奴じゃない。


でもさあ、普通、一般市民に、しかも子供にボディガードがいたら周りのバカどもの格好のネタになるってわかんないかな?あのクソ親父。
「あのサムライ南次郎の息子だからってお高く留まりやがって」
そういう事は俺から一本でも取ってから言って欲しいんだけど。
年下に惨敗してるアンタに言われたくないね。
「守ってもらわねえと何にも出来ねえくせに」
それ、あんただって同じだろ?
アンタ自分一人で生きてると思ってるわけ?
バカじゃないの?
第一、親は子供を守り育てる為の存在なんだから当たり前だろ。
親は子供の踏み台なんだから、利用して何が悪い。
もう少し、お勉強しなおしてきたらどう?

「機嫌が悪いな」

そりゃもう頗る悪いね。
どうしてああもバカばっかりなワケ?俺より歳食ってるくせに。
「歳を食ってるからだ。長く生きた分、良くなる部分もあれば悪くなる部分もある」
ああじゃあアイツらはバカな部分しか育たなかったんだ。
「そう言ってやるな。子供などそういう生物だと流せば良い」
…それを子供である俺に言うんだ?
「お前は歳不相応だからな」
そりゃどーも。誉め言葉として受け取っておくよ。
「そうしておけ」
それにしても珍しいね。アンタが生で話すなんて。
「……」
……?
………あれ?もしかして、俺が「ムカツク」って言ったから?
「……お前の前だけだ」
へーえ。そりゃ面白い特権を手に入れたってカンジかな?
「……」
怒らないでよ。ていうか拗ねるな、良い歳こいて。
「悪かったな」
良いよ。アンタのそういうトコ、好きだよ。
「……」
あー照れた照れた。面白い。
それにしても。
「…何だ」
いつまでアンタは俺の傍にいてくれるんだろうね。
別に事件に巻き込まれてるとかそんなんじゃないし。
オヤジも過保護だよね。
「……」
でもさ、結構気に入ってるんだ、この生活。
続けば良いと、思ってる。
アンタには悪いけどね。




その時はあっさりやってくるもので。
「おいリョーマ、来月から日本に帰るぞ」
記憶に無い土地へ「帰る」、というのが何だか妙な感じだった。
そっか、もうアンタともお別れなんだね。
「そうだな」
清々しただろ、お守りが終わって。
「リョーマ」
……何。アンタが俺の名前呼ぶなんて珍しいじゃん。
「これは俺の意志だ」
は?何言って…あ!航空券!しかもウチと同じ便!
ちょっとアンタ本気?
「向こうでのお前の家の近くに知り合いの店がある。そこへ行く」
契約は終わったんじゃなかったの?
「言っただろう。これは俺の意志だと」
……バカだね、アンタ。
「お前が良く知っているだろう」
…ああもう全く。
仕方ないから、これからも雇ってやるよ。






(24話に続く)
(2002/07/16/初出)
(2007/07/30/改定)

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