オトメチックエゴイスト〜第弐拾六の夜〜
ホント腹立たしいったらありゃしないわ!
あなたたちにあの人の何がわかるっていうのよ。
勝手な事ばかり言わないで。
一番悔しいのはあの人なのに。
いつもと同じ優しい笑顔で。
ホント腹立たしいったらありゃしないわ!
弱音くらい、私に吐き出してよ。
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第26話「手塚国光の苛立ち」 今年度初のランキング戦、乾はレギュラーから落ちた。 一年ルーキーと、今まで全勝を収めてきた海堂に敗退しての事だった。 しかし、当の乾は然程悔しがるでも無く、寧ろ喜色すら浮かべて自身に打ち勝った者たちを見つめていた。 そんな乾を、手塚は複雑な面持ちで見つめていた。 乾がレギュラーから落ちる事は今までに何度かあった。 特にレギュラーになりたての頃は波が激しく、酷い時は毎回ジャージが変わっていた。 だがここ半年ほどは安定しており、青学三強の一人と囁かれる程になった乾がレギュラー落ちするとは殆ど予想外だった。 乾のブロックに越前を入れたのは手塚だ。 今回のランキング戦は都大会のレギュラー決めと同義であったから、振り分けには気を使った。 まず黄金ペアは固めておきたかったし、ダブルスにも転向できる不二、河村も抑えておきたかった。 それに自身と越前が対戦するには時期尚早だと思えたし、理詰めのデータテニスをする乾なら越前の実力を引き出せるだろうと踏んだ。 乾と越前の対戦結果がどうであれ、乾がレギュラー落ちすることはないと思っていた。 海堂が乾を負かすまでは。 ランキング戦が終わった翌朝、乾は練習に出てこなかった。 様々な憶測が飛び交い、大石がフォローするように乾は竜崎顧問に呼ばれていると説明したが、返って飛び交う憶測を増やしただけだった。 そしてその放課後の練習で乾は現れた。レギュラー陣のコーチ役として。 手塚は何も聞かされていなかった。竜崎からも、そして、乾からも。 それからの乾は当然のようにコーチ役を続けた。 彼が部活でやることと言えばレギュラー陣のサポートばかりで、彼自身の練習はほぼしていないも同然だった。 そんな姿に、乾はレギュラーに戻る気が無いのでは、という声さえ上がるようになっていた。 それに一番苛立ちを感じていたのは乾ではなく、手塚だった。 「どういうつもりだ」 部活を終え、帰路の最中手塚はそう切り出した。 「何が?」 きょとんと返された応えすら腹立たしい。 「コーチ役の件だ。あれではお前自身の練習が出来ないだろう」 「練習はしてるよ。今日だってこれからロードに出るつもりだし」 「コーチ役などせず一緒に練習すればいいだろう」 「でも竜崎先生と決めたことだし」 「先生には俺が掛け合う」 「俺が好きでやってることだから」 ぴたり、と手塚の足が止まる。数歩進んで乾の足も止まった。 「手塚?」 俯いて何か考え込んでる態の手塚に、乾が小首を傾げて見る。 心なしか握り締めた拳が震えている、と思った瞬間、乾は反射的に飛んできたそれを受け止めていた。 「…吃驚した」 手塚が学生鞄を投げ付けたのだ。 「どうしたの、珍しいね」 テニスバッグを投げてこないだけさすがと言うべきだろうか。しかし彼らしくない行動であることに違いは無い。 手塚はきっと乾を睨みつけてうるさい、と怒鳴った。 「周りにあんなこと言われて悔しくないのか!」 「?…ああ、レギュラーに戻る気が無いとか諦めたとかそういうの?別に、言いたい奴には言わせておけばいいよ」 「そうではない!」 「じゃあ何?戻る気があるかどうかって事?勿論あるよ」 はい、と鞄を差し出せばべしっとその手を叩かれる。 乾はやれやれと溜息を吐くと、手塚の鞄も背負って踵を返した。 「もうこの話はお終い。さ、行くよ、手塚」 無言で睨みつけてくる手塚を無視して歩み出せば、暫くして背後で動く気配がした。 足音荒く追いついてきたかと思えば、乾の肩から自分の鞄を奪い、足早に乾を追い越していく。 「やれやれ、短気は相変わらずか」 ひょいと肩を竦めながら、乾は手塚の後を追った。 (2007/08/01) |