オトメチックエゴイスト〜第参の夜〜
あなたにとって私はなに?
あなたにとってあの子はなに?
お願い、不安なの。
私にとってのあなたがそうであるように。
あなたにとっての私もそうありたいの。
だからお願い。
その言葉で私を満たして。
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第三話:「手塚国光」 乾と自分の距離が広がった気がする。 最近、良くそう思うようになり、手塚は苦笑した。 視線の先には乾の隣で昼食を摂る不二裕太の姿があった。最近の乾は裕太に掛かりきりだ。 裕太はテニス部員ではない。だが、乾の勧めでテニススクールに通っているらしい。最近乾の帰る方向が違うのは裕太の様子を見るためにスクールまで出向いているらしい。 乾自身、青学テニス部の次代を担う一角としての実力はあるのだが、どちらかというと彼は育てる方が性に合っている様だった。 裕太を構っている時の乾は、付き合いの深い手塚辺りにしか分からない程度ではあったが本当に楽しそうだった。 そう、自分と居る時より。 だが、それは仕方ないと思う。自慢するつもりではないが、自分は誰かに指導を受けなくとも自分で自分の力を高めて行く事が出来るタイプだと思っている。 コート内での乾と手塚は好敵手であり、彼と裕太の様なものではない。 ふと、思った。 『良き仲間であり、好敵手』 では、コートの外ではどうなのだろうか。 手塚自身、友か、と問われれば即答できない。ならば親友かと言えばどうもそれも違うような気がする。 ……不意に、不安になった。 付き合いを友か他人かなどとカテゴライズするのは下らないと分かっている。 だが、乾はどうだろう。 「手塚」 当の乾に呼ばれ、はっとした。何だと問えばそれはこちらのセリフだと苦笑された。 「さっきから裕太君を睨んでいたぞ」 乾に指摘されて裕太へ視線をやれば、彼は途惑った表情で何か非礼を働いてしまったのかと問うて来る。 手塚はそうではないと否定し、少しの沈黙の後、乾に向き直った。 「お前にとって俺は友か?」 「手塚?」 乾が小首を傾げる。手塚がそんなことを言い出すとは思っても見なかったのだろう。裕太に至っては目を真ん丸に見開いている。 「…いや、すまない」 手塚は己の台詞が恥かしくなり、ふいっと視線を逸らした。 「忘れてくれ」 「手塚」 視線を上げようとしない手塚に乾は小さく息を付き、己の重量のある眼鏡を外す。 かちりと眼鏡の柄が畳まれる音に手塚は視線を上げ、息を飲んだ。 そう言えば、彼の素顔を見たのはあの日以来だった。 あの時も乾は眼鏡を外していた。そして。 「好きだよ」 目の前の乾はそう言って手塚を見つめる。 そう、あの時と同じように。 ――微笑むわけでもなく、思いつめたわけでもなく、ただその身に他の者へとは異なる纏い…… 乾はそう告げる。 ああ、この眼差しだと手塚は思った。 友情でも恋情でもなく、ひたすら純粋な「愛情」。 ただそれだけで手塚の中に在った不安は霧散する。 だが、それは新たな不安を呼び起こすものでしかなかった。 その、心地良い暖かさの中、時折感じるひんやりとした冷たさ。 「そうか」 そう短く返して手塚は箸を置き、空になった弁当を片付けながらふと思った。 「乾さんの眼鏡外したトコ、初めて見ました」 考え込む手塚を尻目に二人は語り合う。 それを眺めながら手塚は脳裏を巡ったそれを頭の中で反芻し、視線を乾だけへと移す。 危険だと、思った。 もし、本当にそれが乾の本質ならば、危険だと、思う。 乾自信はそれに気付いているのだろうか。 「手塚、そろそろ教室へ戻ろうか」 「…ああ」 乾の声に軽く頷き、立ち上った。 (第四話に続く) (2001/10/14/初出) (2007/07/21/改定) |