浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第三十三話「海堂薫の戸惑い」



「…ああ、乾だけど。関東トーナメント表、見たよ。…ああ、それはお互い様だ。…うん、無事復帰したよ。…ははっ、ごめん、心配かけたね。…まあ、それもそうなんだけど。……そうだね、ウチはD2が弱いから。うん、いいよ。別に隠すほどの事じゃないし…それに今回はちょっと考えがあってね。ああ、やるからには勝たせて貰うよ…何が何でも、決勝まで行かないと」
自分自身の答えを、知るために。






初めてあの人の素顔を見たのは、去年の冬だった。
家の鍵を忘れて、部室に探しに戻った時。
その時初めてあの人の素顔を見た。
それと同時に、あの人と手塚部長が親密な仲だと知った。
足早に部室を後にして、次第に混乱が収まってくると自然と思った。

ああ、あの二人、そういう仲だったのか、と。

不思議と嫌悪感は無かった。
あの人は元々不思議な雰囲気を纏った人だったし、何より手塚部長があんな無防備に身体を預けて寝入ってしまえるのだ。余程あの人のことを信頼しているのだろう。
だから驚きはしたけれど、さほど抵抗は無かった。
何となく、羨ましいと思ったのは気のせいだろう。
あの人の思いもよらぬ素顔が印象的だっただけだ。
ただ、それだけなのだと思う事にした。
なのに、あの人は手塚部長とはそんな関係ではないとわざわざ告げてきた。
それ以来、あの人は何かと俺に構った。
最初は手塚部長との事を気にしてるのかとも思ったけれど、年明けの合宿で一緒に寝ていた所を不二先輩たちに見られた時も平然としていて、隠している様子は無かった。
寧ろ優しげな笑顔さえ浮かべ、手塚部長を特別だと言い切る。
なのにその口で付き合っているわけではないとも言う。

あの人の真意が何処にあるのかがわからない。

あの人はいつもそうだった。
不二先輩とはまた違った、薄い笑みを浮かべて考えを読ませない。
結局自分はあの人の事を何も知らないのだと思うたび、何故か胸の奥が傷む。
練習メニューを組んでくれる時も、アドバイスをしてくれる時も、何処か薄氷めいたものを感じる時がある。

そう、今だって。




「海堂…俺とダブルス組んでみるか?」





この人は何を…何処を、目指しているのだろう。









(2007/08/09)

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